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bulle de savon mobile page へようこそ



オリジナル小説サイト『 bulle de savon 』(ビュル・デ・サヴォン)のモバイル用ページです。

連載中の「Magnet」というお話は試し読みのページもご用意してありますので、お気軽に覗いてみてください。





2018/02/03  「Magnet 40」 更新しました 



2018/02/03  「Magnet 40 - Her - 彼女 」 








* 作品を第1話からまとめてお読みになる場合、

左(or 下)のカテゴリをポチっとなさると古いものから順に表示されて読みやすくなります。



第01話~08話 ・・・ チャプター1

第09話~19話 ・・・ チャプター2

第20話~31話 ・・・ チャプター3

第32話~    ・・・ チャプター4


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「Magnet 」 試し読みできます



magnetindextitle2.jpg


" ちかいうちに君はミス・シェリーと出会うんだよ "

突然幼稚園を解雇され呆然とするラムカ。プレイボーイの訳アリ料理人、ショーン。
恋人に裏切られ続けるネイリスト、ベティ。悩み多きゲイのヘアメイク・スタイリスト、ミシェル。
心優しきカフェのバリスタ、ポール。

現代のNYを舞台に、ある不思議な少年との出会いに翻弄される大人たちが織り成すラブ・ストーリー。
(・・・たぶん・・・汗)



初めていらした方、いきなり読み始めるのも躊躇われるかと思いましたので、
チャプター1(第1話から第7話まで)から抜粋したページをご用意いたしました。

シリアスでコミカル。
友情、人情、家族愛、エロス……そんな誰にでもある日常をごちゃ混ぜに綴ったストーリーです。
「ラブストーリー」とひと言で言い表せないかも、ですが、よろしければご試食をどうぞ。

(試し読みには軽いR18部分も含みますので、お気をつけください)


■ 登場人物紹介ページ

■ 用語解説ページ


試し読みは下記の「Read more…」からどうぞ
     ↓
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「Magnet40」更新しました


久しぶりの更新ですが、色々と残念な内容となっております。

あしからず。



2017年は2話しか更新出来なかったので、今年こそはぁアア!!!…っと拳を高くしたいところなんですけど、しょっぱなからつまずいてしまいました。
ショーンがワタクシの脳内から消えてしまったんでございます゚(T_T)
こっそりと雇った探偵の情報でわかったんですけど、何とショーン君、お隣のニュージャージー州にある実家に帰ってたみたいですw

まずはクリフォード家の皆さんの日曜日でございましたが。
作中に出てきた老舗のおもちゃ屋さんとは、FAOシュワルツというお店で、
一番有名なのはトム・ハンクス主演の映画「ビッグ」でしょうか。
床に置いてあって、足で踏んで音を鳴らすピアノ覚えてません?あのピアノのあったおもちゃ屋さんです。


映画「ビッグ」にも登場したビッグピアノはこれ。懐かしい!




このビッグ・ピアノ、Macy'sというこれまた有名な老舗のデパートに引き取られて復活しているそうなんです。Macy'sも幾度も映画やドラマに登場した有名な場所。
このMacy'sだけではなく、他にもバーグドルフ・グッドマン等のデパートが、FAOシュワルツ閉店を偲んで、FAOシュワルツのポップ・アップ店を開いてるそう。
本当にNYの皆さんに愛されてたんですね。


んで、キャスさん、とうとうひりっぷさんの浮気相手を知ってしまいました。
がびーん、こないだのあの人じゃーん、ってかなりショックだっただろうねえ。
そのキャスさん、レイ君に対してちょっと神経質というか心配性なのは、理由があったみたいです。
最後のあたりはちょっと上手く表現出来なかったし、手直しも考えましたけども、まあいいさ、アタクシの書くものなんて毎回こんなふうに残念だし。


……ってことで、話はショーンさんに戻るわけですが。
彼の出身地はNY州マンハッタンのすぐお隣、ニュージャージー州。
日本で言えばマンハッタンが東京都内中心部で、ニュージャージー州東部は、千葉県とか神奈川県とか、そんな感じじゃないかと。
すぐ近くのフィラデルフィアやマンハッタンに通勤する人たちのベッドタウン的な場所でもあるみたいです。
作中にもチラっと出てきましたが、元々はひりっぷさんもショーンさんちの近くに住んでたっていう設定で、ケイト姉さんとも顔見知り。
その後、ひりっぷさんのお母様がクリフォード氏(シニア)と再婚したというわけですな。
末っ子のことについて色々書いてますが、あれは一人っ子にも当てはまる話で。
ワタクシの家人もショーンさんちと同じ3人きょうだいの末っ子で、長兄とは8歳年が離れております。
ワタクシ自身は一人っ子なんですが、末っ子と似た部分があると思うんですよね。

あと、オカンの管理する実家の冷蔵庫がカオス状態、っていうアレは実体験から。
他人にこの話をすると、大概の人は「ウチもそう!」って同意すると思いますw
ウチは冷蔵庫を買い換えてからはだいぶ改善しましたが、冷凍庫なんて本当にひどいもんでした。
CMじゃないけど、「博士、この干物、日にちが昭和です」みたいなw、あんなレベルでしたからねえ。
ショーンさんは仕事上、冷蔵庫の整理整頓は得意というか、日常的に整理してると思うので、実家に帰ってくるたびに綺麗に整頓してあげてるんだけど、数週間後にはまたぐちゃぐちゃ、っていうねw
おそらくこれって「実家あるある」なんじゃないかなあと思うんだけど。


んで、今回のタイトルはズバリ、「彼女」。
何人もの「彼女」が出てきたので、もうそれしかタイトル思いつかんかった。
ひりっぷさんの浮気相手が『彼女』を思い起こさせる人物だった、という部分ですが、うーん、一体誰のことなんでしょうねえw
まあそのうち明かされる日がやってくると思いますので、楽しみにお待ちいただければと思います。うん、たぶんw


そんでもってしょんちゃん、いよいよ「彼女」ラムカさんを!!?…っと気にかかるところではございますが、お時間がきてしまいましたw
そこらへん、また探偵でも雇って探ってみようと思いますので、しばしお待ちを。


しかし毎日寒いですなあ。
ワタクシも何十年ぶりにインフルエンザに罹患してしまいましたよ。
皆様もうがい・手洗いを忘れずに、風邪には気をつけてくださいね。
ではではまた次回お会いしましょう。
いつになるかわかんないけどwww  コラっ!(゚Д゚)ノ


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Magnet 40. 「Her - 彼女 -」



pin-magnet40.jpg




日曜日  五番街  12:15 p.m.


翌日、早めの昼食をとったあと、レイを連れ、家族3人でミッドタウンへと出かけた。老舗のおもちゃ屋がじき閉店してしまうので、その店に別れを告げるためだ。
レイのみならず、母親であるキャサリンもこのおもちゃ屋には数々の思い出があった。映画やドラマにも幾度となく登場した、言わばNYの歴史的な名所でもあった。
そこで時を過ごしたその後、レイのための新しい絵本や図鑑など、何かしらの本を見繕うために、今度は本屋へと立ち寄った。
本屋では偶然、自然環境に関する本を出版した著書による読書会とサイン会が行われていて、かなりの人手で混雑していた。
3階の児童書のコーナーも通常よりも混雑していたが、運よく椅子が空いていたので、レイが興味を示した本をそこで開いて読むことが出来た。
フィリップは経済学関連の書籍を探しに、別のフロアーへと移動していたが、しばらくして夫がそこに置いて行った上着のポケットから携帯電話の音がした。
クローゼットで見つけた時と同じように、メッセージが届いたことを知らせる短い着信音だ。
堂々と構えていればいい―――昨夜ナディアにそう言われたばかりだが、やはりどうしても気になって仕方がない。そのメッセージが誰からのものなのかを知りたくなり、夫の上着に視線を向けた。
いけない、見ては駄目よ、そう言い聞かせてはみるものの、やはり居ても立っても居られない。意を決して上着に手を伸ばそうとしたところで、夫本人がそこへ戻って来てしまったので、彼女は笑みを貼り付けた顔で夫を見上げた。

「メッセージが届いてたわよ」
「そう?」

さり気なく無関心を装って彼が携帯電話をチェックするのを横目で盗み見た。仕事用の電話のほうだった。
フィリップは、会社のトップとして、休日でも何が起きるか分からないから、という理由でその携帯電話も持ち歩いている。
実際そのメッセージもヴァレリーからのものらしかった。昨日受け取った書類に関する確認のようだ。
彼がそのメッセージに返信しようとしていると、今度は着信音が鳴り、彼は反射的に携帯電話を耳にあてた。

「Hello ?」
“―――― “
「Who is this ?」
“―――― “
「! Oh……Um……その件なら、テキストを送ろうかと……Hold on」

外で話して来るよ―――電話で会話しながら仕草でそう伝えると、フィリップは向こう側へと歩き出した。

「―――レイ? ママ、パウダールームに行ってくるから、ここから動かないでね。いい子にしてここに座ってるのよ?わかった?」
「うん、わかったー」
「いいわね?ここにいるのよ?すぐ戻るから」

彼女は息子をそこに残し、こっそりと夫の後を追った。夫は電話で話すために外へ出るはずが、非常階段への扉をこそっと開いてそこへ消えた。
心臓がばくばくと音を立てた。この扉の先で一体何が起きているのか。彼女は息を止めて、ゆっくりとその扉を開いた。
階段の下の方から声が聞こえる。フィリップの声だ。
彼女は螺旋状に続いている階段の手すりにそっと摑まるようにして、下の方を覗き込んだ。
黒く長い髪の女とフィリップだ。女はキャサリンのほうからは後ろ姿しか見えなかったが、彼女はすぐにある特定の人物を思い浮かべていた。
息子の子守りであるシェリーだ。まさかそんな馬鹿な、そう思ったが、後ろ姿がシェリーと似ているように見えたのだ。

「―――解ってるのか? これはストーカー行為だ」
「ふふっ、どうしてそうなるの? 偶然ここにあなたがいたから挨拶しようとしただけじゃない。それともあの場に顔を出した方が良かった? 可愛い坊ちゃんと奥さんの前に」
「家族に近付くな!」
「Oh , あなたの家族になんか何の興味もないわよ―――」

違う、シェリーじゃない。そう気付き、彼女はホッとしたように瞳を閉じた。だが、次の瞬間、思わずあっと声を上げそうになり、息を呑んだ。
振り返った女の顔が見えたのだ。あれは、まさか……!?
動転した彼女は、その場を離れ、児童書のフロアーへと戻った。太い柱の陰に隠れ、胸に手を当てて呼吸を整えた。
間違いなくあれは、5番街で友人のアリーと一緒だった女、先日のパーティーで話しかけてきた、あのヤスミンという女だった。
つまりあの日、彼女を彼の妻だと知っていて、さも親し気に話しかけてきたということだ。
そして彼女への挑発として、あのキスマークと花束を差し向けてきたのもあの女なのだ。
あの日の屈辱を思い出し、沸々と怒りが込み上がるのを感じた。
でも、これでようやく相手が誰なのかを知ることが出来た。例えまた嫌がらせをされたとしても、見えない敵に怯える日々ではもうなくなるのだ。
それに夫のあの口ぶりから言って、やはりもう関係は終わっている。そう確信した。いや、そう信じたいだけなのかもしれないが。
瞳を閉じ、大きく息を吐き出したところに、4歳くらいと8歳くらいのお揃いの服を着た姉妹が、可愛らしい声で話しながら彼女の目の前を通り過ぎて行く。
その姉妹の声によって現実に引き戻された彼女は、ハッと思い出したようにレイが座っていた場所へと目をやった。

「レイ!?」

ここから動かないでと言ったはずなのに、レイが席にいない。彼女は慌ててそのフロアを見渡した。
彼女が身を隠したのと同じ太い柱や、更に配置された家具のレイアウトのせいで死角になった場所がいくつかあり、ざっと見渡したところではレイの姿を見つけることは出来なかった。

「レイ!? レイ!」

整えたはずの呼吸が再び乱れるのを感じながら、もはや先ほどの夫のことなど、頭から完璧に消え去っていた。
彼女の心配をよそに、座っていた場所から離れた場所で、レイは若い男といた。レイには背が届かない本棚から男が本を取り出して、レイに渡しているところだった。

「レイ!」
「あ、ママだ」
「あの椅子に座っててねってママそう言ったでしょ!? どうしてママのお願いが聞けないの!? 心配したじゃないの!」
「ごめんなさい。だってちがう本がよみたくなっちゃったんだもの」

レイに本を取ってくれた若い男が、所在なさげに彼女とレイの顔を交互に見て、額を指で掻く仕草をした。

「Oh , ごめんなさい。この子が何かご迷惑をおかけしたんじゃ……」
「No , No , とんでもない。見てて危なっかしかったんで、ついおせっかいを」

男はそう言って、上段の本を取るための、子供用の赤いプラスティック製のステップを指さした。

「上級生用の本を欲しがるなんて、とても賢い子だね」
「ありがとう。えっと……」
「ああ、僕はジョシュ、よろしく」
「―――レイモンドだよ!レイって呼んでね」
「OK , レイ」
「キャサリンよ。ご親切にどうも」

ジョシュと名乗った男は、キャサリンとレイと交互に握手を交わすと、じゃあ、と手を振って去って行った。

「レイ、いい?」

キャサリンは膝を床に着くように腰を落とし、レイの目線と自分の目線を合わせながら、息子の両腕を掴んだ。

「ママ、さっきは感情的に怒ってしまって悪かったわ。ママがあなた一人をここに残していなくなったことのほうが何倍もいけないことなのに。悪いのはあなたじゃなくてママなのに。ごめんね、レイ。でもね、よく聞いて」
「うん」
「ママはあなたがそこにいない、って気付いた瞬間、胸が張り裂けそうになってしまったの。どうにかなってしまいそうだった。わかるわね?」
「うん」
「レイノルド叔父さんの話はしたわよね?」
「うん、ママのいなくなった『おとうと』なんでしょう?」
「そうよ」
「だいじょうぶだよママ。ぼく、まいごになるのはいやだし、しらない人にもついていかないよ。それにあぶないときにはバディがおしえてくれるんだ」
「まあ、そうなの? それは頼もしい”相棒”ね」

いらっしゃい、そう言ってキャサリンが息子をぎゅっと抱きしめる。そこへフィリップが戻って来て、一体何事だ?と声をかけた。
ダディ!―――見上げる息子を夫が抱き上げる。息子の頬へ唇を寄せる夫を見つめながら、彼女は立ち上がってそっと息子の脚に手を置いた。
息子の小さい体から、温もりが手のひらに伝わる。その温もりに安堵するかのように、彼女は瞳を閉じて息を吐いた。




その夜、彼女は夫の腕の中で、甘くかすれた声を上げた。腕を彼の背中に、脚を彼の腰に絡ませて。
何故、そんな気になれたのかはわからない。ただ、純粋に、抱き合いたいと思った。
あの女への対抗心のようなものかもしれない。或いは、何かを証明したかったのかもしれない。彼に愛されている実感が欲しかったのか、それとも、自分の気持ちを確かめたかったのか。
答えはわからなかった。考えれば考えるほどに、心が混沌としてしまうのだ。
寝息を立てる夫の顔を見上げる。昼間の光景などなかったかのように、満ち足りたような、邪気のない顔だ。
彼女は少し呆れたように小さく息を吐き、こっそりベッドを抜け出して、キッチンへ向かった。目的はやはり、酒だ。
昨夜ナディアがモルドワインに一滴垂らしたグラッパをショットグラスに注ぎ、勢いよく喉に流し込んだ。強い酒に喉や胸が焼かれる感覚は心地良かったが、少々むせて咳込んだ。
夫と抱き合ってみても、あの女の顔が、昼間のあの光景が、頭から消えることはない。そう思い至り、苦々しい思いでグラッパを再びグラスに注いで、そこで彼女はハッと思い出したように瞳を開いた。
あの日、五番街で友人のアリーと一緒にいたヤスミンに会った時。『彼女』に似ているような気がしたことを思い出したのだ。
『彼女』を思い起こさせる女と浮気をしていた―――そのことがどういう意味を持つのか。
ああ、と彼女は思わず声に出し、指先で目の両端を押さえるようにして瞳を閉じた。
何故気付かなかったのだろう。浮気そのものは大して問題ではなかったのだ。そう覚った。
視界がぐらぐらと揺れ始めるまでグラスを何度も口に運び、しばらくしてようやく彼女は寝室に戻った。ベッドの横に立つと、夫はやはり静かに眠っている。
胸に暗い火が点った。彼女は再び夫の隣に身を横たえると、夫に背を向け、声を殺して泣いた。











ニュージャージー州  パーシッパニー・トロイヒルズ  2:40 p.m.


驚いた水鳥たちが一斉にバタバタと羽を広げるのを横目に、彼はバイクを止めてヘルメットを外し、しばらくの間、その湖を眺めることに時間を費やした。
彼が脅かして羽をばたつかせた水鳥たちは、再び呑気に水面をゆらゆらと漂い始めたが、彼がバイクのエンジンを吹かすと、大きな音に驚いて、またしても羽をバタバタさせながらヒステリックな声を上げ始めた。
Sorry , と水鳥たちに向かって手を上げ、彼はゆっくりとバイクをスタートさせた。
緩くカーブを描く道が続き、湖から距離が遠のくのに比例して住宅の数が増えていく。そのうちに、住宅が立ち並ぶ緑豊かな一角から少し進むと、さらに緑が増し、林が見えて来る。
その林を背に、焦げ茶色の屋根とベージュ系のレンガの壁を持つ一軒の家があり、その家の前で彼はバイクを止めた。
ヘルメットを外して髪の毛をかき上げるように整えていると、家の中から姉のケイトが出てきて、彼に手を振った。
姉に向かって片手を上げ、彼は久しぶりに実家のドアの前に立った。

「Hi , Sean」
「Hi ! Katie」

姉のケイトとハグして中に入り、リヴィングルームを見回す。

「ダディは今出かけてるの。アルとクリスも」
「Baseball?」
「Yeah , マムなら寝室よ」

早速2階に上がり、両親の寝室のドアをノックする。返事がしないので、そっとドアを開けると、ヘッドボードに背を預けるようにしてベッドの中にいる母親のスーザンが瞳を開いた。

「Oh , Sorry」
「No ! Come here ! My boy」
「Hi Mom !」

ベッドに腰かけて母親にハグし、挨拶のキスを交わす。温かい母の手が、すっかり広くなった末息子の背を何度も行き来する。

「ケイティったら大げさね。あんたまで呼び寄せるなんて」
「No , no , 寝てなきゃ駄目だよマム」
「ああ、でもこうして顔を見せてくれるなら、体調崩すのも悪くないわね」

母親のスーザンはそう笑って息子の頬を撫でた。
姉の電話ではとても気分が悪そうで心配したのだが、思っていたよりも母親の顔色が良かったので、彼はホッと息を吐いた。

「医者には?」
「いつもの目まいよ。前に処方された薬がまだあるし、わざわざ医者に行くまでもないのよ」
「本当に?ちゃんと検査とかしたほうがいいよ」
「Oh , あんたも心配性ね」
「マムに似たんだよ」
「まあ」

元気にしてるの? ああ、元気だよ。 新しい仕事のほうは?上手くいってるの? もちろん。順調にいってるよ―――そんな他愛もないやり取りをしばらく続けていると、姉のケイトがコーヒーとクッキーをトレイに乗せてやって来た。

「マムもダディも、あんたがあの店辞めちゃったから、もうあんたの料理を食べに行けないって残念がってるのよ」
「フィルの家に来れば?」
「馬鹿なこと言わないの。招待もされてないのに」
「Oh , 彼元気なの?」
「Yeah , すっかり大企業のCEOが板に付いてる。立派なもんだよ」
「へえー、子供の頃はよく泣いてたのにね」
「姉貴が泣かせるからだろ? 近所の男の子はほとんど全員、一度は姉貴に泣かされたはずだよ。ほんと男勝りだったよな」
「ふふっ、覚えてなーい」
「よく言うよ」

そんなふうに彼らはしばらく軽口を叩き合って時を過ごしていたが、母親を再び横にならせて休ませることにした。
1階に下り、ショーンがキッチンの冷蔵庫を開ける。そんな弟の背後を通り過ぎ、ケイトはキッチンの椅子へと腰掛けた。

「何か作ってくれるの?」
「What the fuck ! この家の冷蔵庫は何でいつもこう……カオスなんだよ。前回俺が整理してからまだ4か月しか経ってないのに」
「4週間でそうなったよ」
「マジかよ」
「……ね、ショーン」
「うわ、これ腐ってる。これもやばそう」
「ショーン、聞いて」
「Wha !?」
「まずは礼を言うわ。来てくれてありがとう」
「And ?」
「もっと頻繁に顔を見せてやって」
「Uum……冬はなかなか来れないって知ってるだろ?雪降るし」
「ここは南極大陸じゃないの。バイクが無理なら電車で来ればいいでしょ?」
「今時南極だろうが宇宙だろうが、スカイプとかFacetimeで顔見れるのに?」
「そういう問題じゃない。解ってるでしょ?」
「Oh , まさか……どこか悪いの?」
「No , そうじゃないけど……最近すごく不安がるの」
「不安?」
「マムらしくないわよね。でもそうなの。ダディの姿が見えないってパ二くって電話かけてくるし、今朝もめまいがするって、この世の終わりみたいに嘆いて電話してきて」
「じゃあ何でダディはマムを置いて出かけたんだよ」
「あたしが来たから、もう出かけていいって。あの子たちの野球があるから連れて行けってマムが」
「また更年期とか?」
「どうかなあ」

ふーっと息を吐き、冷蔵庫を閉めると、ショーンもキッチンのテーブルの椅子を引き、そこへどかっと腰を下ろした。

「歳のせいで不安になってるんだと思う。去年ビル伯父さんが亡くなったじゃない?その影響もあるかも」
「歳のせいって、まだ64だろ?」
「そうだけど、不安なものは不安なのよ。明日どうなるかなんて誰にも分らないし」
「不安ね……それならセラピストに診てもらうべきじゃ? 俺が顔を見せたところで、解決する問題だとも思えないけど」
「Are you serious ? マムにとってあんたがどんだけ大事な存在か解ってる?」

Oh God―――勘弁してくれよ、と言わんばかりに、彼は手のひらで顔を覆った。
長男と9歳も離れて出来た末の息子への、過度とも言える愛情と期待に、応えたい気持ちがないわけではなかった。両親を深く愛しているし、彼らから貰った無償の愛には感謝しかない。
けれど、それに時々プレッシャーや息苦しさを覚えるのも正直な気持ちだった。傍から見れば、愛情を一身に受けて育った、要領の良い苦労知らずに見えるかもしれないが、末っ子には末っ子なりの苦労や悩みがあるのだ。
特に彼のように、親の期待に応えているとは言えない人生を送っていると。

「ショーン……あんたがこの土地にあまり帰って来たがらない理由は解ってるつもり。あんたを責めるつもりはないの。ただ―――」
「―――解ったよ。冬も終わったし、もっと帰ってくるようにする。だからもうその類の話はやめてくれ」
「Oh , じゃあ何を話す?」
「I don’t know ……姉貴の尻に敷かれて可哀そうな彼氏の話とか?」
「失礼ね!そんなことしないわよ」
「早く彼に会わせてくれよ。そこんとこ確かめたいから」
「No ! あんたとは会わせない!今決めた!」
「Whaaat !?」

大丈夫だって、子供の頃、近所の男子全員泣かせてたなんて余計なことは喋らないから―――そう笑う弟を軽く睨み、姉のケイトは弟の手に自分の手を重ねた。

「真面目な話、本当に、本当に素晴らしい人よ。知っての通り、ろくでもない男ばっかりだったから戸惑うくらいにね」
「Oh , that’s good for you」

嬉しそうに微笑む姉の手を握り返すように包み込み、ショーンは笑みを収めて姉の瞳を見つめた。

「姉貴は幸せになるべき人間だよ。心からそう願ってるし、そのために俺に出来ることがあれば何でもする」
「ありがとう」

うっすらと瞳を潤ませ、ケイトは再び弟の手に自分の手を重ねて微笑んだ。

「あんたは? 本当に誰もいないの?」
「What ?」
「愛してる人。大切な人。ううん、ただ気になる子でもいいけど。いないの?そういう子」
「………」
「!」

いるのね!? と言いたげに驚いた顔を見せる姉に向かい、ショーンは軽く笑って首を横に振った。

「No no no , 今の沈黙は絶対誰かのこと考えてた。正直に言いなさいよ」
「Nope」
「Hey , come on !」
「No , I just ……」

そう言ったきり、小さく首を振る弟を見つめ、ケイトは辛抱強く言葉の続きを待った。いつもなら、何もないだの、ほっといてくれだのと言い切って話題を変えたがる彼が、言葉を探しているようだからだ。

「……先に姉貴の幸せを見届けたら考える」
「What !? またそうやって誤魔化す気?」
「誤魔化してないよ。順番は守ろうよって話」
「ふん、まあいいわ」

期待したような答えを弟はくれなかったが、それでも姉のケイトは内心満足していた。この間まで頑なだったはずの、弟の変化を感じ取れたからだ。

「Look」
「うん?」
「あんたにプレッシャーを与えるつもりはないけど、これだけは言わせて」
「何」
「あんたこそ幸せになるべき人間よ。長くて冷たい冬はもう終わったの。いつまでも怖がってないで、そろそろ前に進むべきってこと」
「……かもな」
「枯れるにはまだまだ若すぎよ!でももう遊びまくる歳でもないんだからさ」
「あー……最近遊んでないな、そう言えば」
「Oh ! That’s good for you !」

そうやって姉弟がキッチンで話していると、父親のヘンリーがケイトの息子二人を連れて帰宅した。
それからショーンは甥っ子二人を連れて買い出しに出かけ、さらに二人に手伝わせて、久しぶりに家族のために料理を作った。
そして夜にはマンハッタンに帰るつもりでいたのをやめて、その日はそのまま両親の家に泊まった。
翌朝、マンハッタンに戻る途中、再び彼に驚かされた湖の水鳥たちが、バタバタと羽を広げてヒステリックに声を上げている。Sorry , と水鳥たちに手を振り、彼はマンハッタンへとバイクを走らせ続けた。
交差点で信号を待つ間、彼は昨日の姉との会話を思い返していた。
あの時、心に浮かんだ彼女と、数時間の後に会うことになるのだ。その考えは、彼の気を重苦しくさせた。
本当は、心の反対側では、全く違う思いが生まれている。だが、彼がそれをはっきりと自覚するのは、もう少し先のことになるだろう。
やがて信号が青に変わった。彼は邪念を振り払い、気を引き締めて、ゆっくりとバイクをスタートさせた。




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「Magnet39」更新しました

あーもう、ほんっとスイマセン。
またしても6か月ぶりとなってしまいました(滝汗)

いやー、8月中に一度更新して、その後2ヶ月くらいお休みする予定だったんです。
だったんですけど、予定は未定、何やかんやで半年もかかっちまいましたわ。
お待ち下さってる方には本当に申し訳なかったっすね。
まあ言い訳にもなりませんが、ここは言い訳をする場所でもあるのでちょっと愚痴らせて言わせて頂きますと、この先書き進めてある部分と現在のクリフォード夫妻との整合性が取れないと言うか、なかなかうまく繋がらないので困ってまして、どうしよっかなーと悩んでるうちに、キャスさんが頭の中から行方不明になってしまいました。
でもすぐに諦めて現実逃避ばかりしてたという、実に本末転倒な言い訳でございました。あひゃ。

んで、前回、前々回の2話はクリフォード家でのパーティーから一夜明けた日曜日のお話だったんですが、今回は時間を巻き戻して、パーティー当日の夜、土曜日の真夜中のお話になります。
ちょっとここらへん時系列がぐちゃぐちゃになってしまったので、そのうちに話の順番を入れ替えるかもしれません。おそらく今回の39話が37話に移動になると思います。
その場合はここの言い訳部屋の表示の順番も前後することになると思いますので、ご了承くださいませ。

そして今回は、キャスさんとナディアさん、2人の「母」登場の回となりました。
タイトルはねえ、もうぶっちゃけ超超テケトーw
全くいいのが浮かばなかったんで、最後、ひりっぷさんにお仕置きでもしちゃいなさいな、あらそれいいわねえ、って笑って悪だくみしてる2人をイメージして、あとはフランソワ・オゾン監督の「8人の女たち」という映画のタイトルの雰囲気も借りてみたりして。(でもウチはたった2人なんだけどねw)
今回はあと「息子の寝顔」というのがキーワードになったお話でもあったかな。
ワタクシ自身は子供を持つ身ではないので、想像でしか描けない部分ではあるんですが、男の子を持つ友人などを見ていて、やっぱり女親にとって異性の子供である男の子ってちっちゃい恋人と言うかさw、女の子とは「可愛い」の感じ方が違うように思います。
父親にとって女の子が可愛いのも同じことなのかもしれないけど。
娘ももちろん目の中に入れても痛くないくらい可愛い、友人もそう言います。でもやっぱり男の子とは可愛さの質みたいなものが違うんだそうで。
なるほど、姑と嫁が仲良く出来ないのも「一人の男を取り合うから」なんだろうなw

あ、そうそう。
今回用語ページも更新しなきゃいけないんですけど、さっき書いたように、お話の順番をあとから入れ替えるかもしんないので、それが決まってからあちらの用語集ページも更新したいと思います。
なので、今回の「*マーク」のついた言葉についてコチラで簡単に説明しておきますね。

作中に出てきたモルドワインとは早い話ホットワインのこと。
ホットワインという呼び方は日本固有のもので、つまり和製英語なんですって。
ドイツのグリューワイン、フランスのヴァン・ショーがこれに当たります。
今回のお話にお借りしたモルドワインの写真も美味しそうでしょ。

あと、そのモルドワインにナディアさんが一滴垂らすというグラッパは、イタリアのお酒。
イタリア料理に詳しい方ならご存知かもしれませんが、とても強いお酒です。
ワイン作りの過程で出る葡萄の搾りかす、それを発酵させて作るんだそうな。
最後にグラッパを一、二滴垂らす、というのは全くのワタクシの捏造・思いつきですが、たぶんナディアさんはキャスさん同様に呑助で、モルドワインじゃアルコール分弱いってんで、グラッパを足してるんじゃないかしら、そう思いましてw


それと、今回はそのナディアさんの過去も少し明らかにされました。
彼女はイタリアからの移民の家庭に生まれた女性で、若い頃に情熱的なスペイン男と恋に落ち、22歳くらいの若さで結婚し、ミゲルを産んだ、そういう設定。
ワタクシの脳内ではグレタ・スカッキというイタリア系アメリカ人の女優さんがナディアさんの脳内イメージ。


これはミゲル兄さんのパパと出会った頃かな? 可愛い♪
    ↓
GretaScacchi-8.jpg



グレタさん、若い頃はけっこうお脱ぎになってらっしゃいました。色っぽいですよね。
    ↓
GretaScacchi-7-340x450.jpg



「グッドモーニング・バビロン」という大好きな幻の(?)名作映画があるんですが、それに出てらっしゃいました。(右の花嫁さんのほう)
    ↓
GretaScacchi-10-340.jpg
以前は希少で値段が高騰してて、とても買えなくて諦めてたんですが、2014年頃に上のパッケージでのDVD&Blu-rayが出て、手の出せる値段で買えるようになったみたいで、すんごく嬉しい!



現在57歳というグレタさんですが、ちょうどナディアさんと同じくらいですかね。
まさにこんな感じをイメージしてます。
    ↓
GretaScacchi-13-340x226.jpg

いつかナディアさんも脳内イメージ写真部屋に収納させなきゃ、ですね。


でもって、ミゲルさんのお父さん、つまりナディアさんの別れた旦那さんですが、そちらはとある大物俳優さんを脳内でイメージしております。
でもねまだ出さないよw お楽しみは後にとっておきたいの、ゴメンねえw


さて、今回は5000字ちょっとと少ない内容でスイマセンでしたけども、
次回出来るだけ年内に更新したいとは思ってはいるんですけど……けど……
如何せんちょっと行き詰まるとすぐに現実逃避してしまうヘタレな作者ですゆえ、どうなりますことやら。
まあ、書く書く詐欺常習犯なのはとっくにバレてますし、はなっから期待なさる方もいらっさらないだろうと思いますが、もごもごもご。
ま、まあ、出来るだけ頑張ります。


とりま、ワタクシもスパイスのきいたモルドワインとやらをご相伴に与って参ります。


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Magnet 39. 「Midnight plot - たくらむ女たち -」




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アッパーイースト  1:15 a.m.



いつになく、遅い時間まで酒を飲んだせいだろう。バスルームに行くために夫がベッドを何度か出ていくから、彼女も眠りにつくことが出来ないでいる。
いや、仮に夫が隣でぐっすりと眠っていたとしても、彼女が眠れないことに変わりはなかった。あの日クローゼットで、夫の携帯電話に届いた女からのメッセージを目にして以来、また彼女の不眠の日々が始まってしまったのだから。
バスルームから戻り、ベッドに身体を滑り込ませたフィリップが、向こうを向いて眠る妻の頬に、後ろからそっと唇を寄せる。

「起きてたのか」
「……」

返事をする代わりに、彼女は夫の方へと向き直るように体勢を変えた。

「なかなか寝付けなくて。賑やかな夜だったせいね、きっと」
「そうだな」
「ねえフィル、今夜はありがとう」
「? 何のことだい?」
「だって、休日も出勤して疲れてるのに、招待客の相手までしてくれたんだもの」
「客って言ってもショーンやミゲルじゃないか。俺の友人でもあるんだし、いい気分転換になって楽しかったよ」
「そうだ!フィル、あなたミゲルがゲイって知ってたの?」

夫の出した男の名前を聞いて、思い出したようにキャサリンが声を上げた。

「Uum……この場合、どう答えればいいんだか……」
「?」
「……男とも寝たことがある、それは知ってた。だけど……」
「! バイセクシャルってこと?」
「いや、はっきりと聞いたことはない。だけど、彼はゲイじゃないと思う。少なくとも以前はそうだった」
「ふーん……彼、ヴァレリーといい感じだと思ってたのに。まさかの展開よね」
「ヴァレリー? そうなのか?」
「やだ、去年の創立パーティーの夜にあの二人、壁際でいい雰囲気になってたじゃない。あなた彼らと毎日一緒にいて、何も気付かないの?」
「気付くも何も、彼ら険悪なんだよ?」
「そうなの? じゃあやっぱり何かがあったのね……」
「Hey , 他人のことはいいよ。それより―――」
「―――きゃっ!」
「眠れないなら他のことをしよう」
「ん……」

甘いキスを重ね、首筋を滑る夫の熱い唇。いつもなら甘い吐息で応える彼女だったのに。夫の唇の温もりも、今の彼女には、苦痛を生む辛いものでしかない。
この唇が、同じように浮気相手の肌をさまよったのだ。幾度となく。そう考えただけで、吐き気がこみ上げた。

「……What’s wrong ?」

反応を見せない妻に、夫が小さく呟く。ふーっと息を吐いて、彼女は手のひらを青白い額の上に乗せた。

「ごめんなさい……そんな気になれなくて」

そんな気になれない。そんな簡単な言葉だけで言い表せる感情ではなかった。けれど、他に言葉が浮かばなかった。彼女自身、このどろどろとした感情に戸惑っていたのだ。とても便利な言葉だと、後に彼女はそう思い至ることになるのだが。
フィリップは視線を逸らしたままの彼女の頬に手を添え、自分の方を向かせるように軽く力を込めた。

「キャス、どうかしたのか?」
「……仕事でトラブルがあって、それにパーティーでしょ?とても大変な一日で疲れたの。それに……」
「? What ?」
「レイもまた変なこと言い出したし、ちょっと気になって」
「レイ? ああ、あのことか」

本当は、今夜の息子のあの発言を、彼女も心底気にしていたわけではなかった。夫を拒んだ言い訳のひとつとして、そのことをさも心配の種のように持ち出してみせただけなのだ。
そのくせに、『何だ、そんなくだらないことか』とでも言いたそうな夫の口ぶりが、腹立たしく思えてしまう。

「心配いらないよ。少なくとも、レイ自身は楽しそうにしてるんだ。きっと悪いことじゃないし、そのうちに成長と共に消えるよ」
「……本当にそう思うの? それって楽観的過ぎない?」
「かもしれない。だけど、検査では何も異常は見つからなかったんだ。大丈夫さ」
「……そうね」
「キャス、どこへ?」
「レイを見てくるわ。あの子も今夜は興奮してたから、眠れていないかもしれないし」

ベッドを抜け出し、静かに寝室のドアを開く。裸足のままで廊下に出たせいで、床の冷たさが彼女の足の温度を奪って行くのを感じるが、彼女は気にも留めずに子供部屋へと向かった。
いつでも君は心配しすぎなのさ―――夫にそう言われる前に、会話を止めてしまいたかった。この種の話になると毎回、まるで彼女が悪いかのようにそう言われてしまうから。
いや、夫は決して私を責めようとして言っているのではない、安心させようとしてくれているのだ、それは理解している。確かに彼女は必要以上に心配してしまうところがあって、考え過ぎだったと後になって思い至ることが多かった。
けれど、今、夫にそう言われて平静を保っていられる自信が持てなかった。
彼女は、今夜のレイの発言についてを話したい訳ではないのだ。かと言って、例の女の話を持ち出す覚悟も、まだ持てない。
少し前には開き直ったような、もうどうでもいいと言うような気持ちでいられたのに、携帯電話へのメッセージを目にしたあの日以来、怒りや不安と言ったネガティブな感情にとらわれてしまい、そんな自分が、自分自身嫌になってしまうのだ。



子供部屋の前で彼女は小さく息を吐くと、そうっとドアを開き、息子のベッドへとゆっくり歩みを進めた。静寂の中、小さい寝息が規則正しい音を立てている。
床にひざまずくように腰を落とし、静かに眠る息子の寝顔を見つめた。ほんの少しだけ開いた唇から、真っ白い小さな歯が覗いている。
このまま朝まで息子の寝顔を見ていても、少しも飽きることはないだろう。本心を言えば、寝る間を惜しんででもそうしていたいと思うことがある。
彼女の母親は、彼女の兄である息子を溺愛したものだ。そんな母親に反発したこともあったが、今なら解る。母親にとって、息子がどれだけ愛おしい存在であるかが。
彼女はふっと笑みを漏らし、息子の額にそっと唇を置いた。そして、再び息子の寝顔を見つめることに、決して短くはない時間を費やすと、やがてゆっくりと立ち上がり、子供部屋のドアを静かに閉めた。
夫婦の寝室に戻ると、夫は眠りに落ちていた。見れば、胸元に本を乗せたままで眠っていた。一応は彼女を待っていようとしたのだろう。
起こさないように用心しながら、夫の胸元からそっと本を持ち上げ、ナイトテーブルの上に置いた。
そして軽く逡巡した彼女は、再び寝室を出て、次はキッチンへと向かった。やはり眠れそうにないので、軽く一杯引っかけるためだ。
キッチンの傍まで来ると、中から物音がした。ナディアだった。
やはり彼女も眠れずにいたらしい。何か温かい飲み物でも作ろうかと、紅茶の置いてある棚を開けたところだった。
結局はモルドワイン*でも作って飲むことにした。彼女には詳しいレシピは解らなかったが、ナディアが時々それを作って夜中に飲んでいるであろうことは解った。慣れた手つきで赤ワインとスパイスを入れた鍋を火にかけたからだ。
出来上がりの最後、カップに注いだそれにグラッパ*を一滴、もしくは二滴垂らすのがナディアのこだわりらしい。
そう言えば、と彼女は手元のモルドワインにふーっと息を吹きかけて冷ましながら、ナディアの方へと目を向ける。

「今夜は驚かせてごめんなさいね、ナディア。ゲストのパートナーがミゲルだったなんて、私も知らなかったの」
「……いえ、奥様が謝ることでは……」

週末のパーティーのゲストのことなんだけど、その中に男性カップルが一組だけいるの。我が家でそれを目にするのはあなたにとって不快かもしれないから、前もって伝えておくわね―――あらかじめキャサリンはナディアにそう断りを入れていた。
敬虔なカトリック信者であるナディアへの配慮のつもりだった。それがまさか、あんなことになるとは。

「知っていたの? つまり……その……」
「息子の性的指向ですか?」
「ええ、まあ……そうね」

そのことに対しては、ナディアは曖昧な表情を返すのみだった。それがかえって、親子の溝の原因はそこなのだろうと推測出来てしまったのだが。

「私のせいなんです。あの子に歪んだ結婚観を植え付けてしまったから」
「歪んだ結婚観?」
「……話せば長くなります」
「Oh , いいのよ、無理して話してくれなくても」


ナディアの過去は、フィリップから聞いたことがあった。ミゲルがまだ子供の頃に、ミゲルの父親の浮気が原因で離婚したのだと。
フィリップもミゲルから聞いた話らしいが、詳しい経緯はよく知らないと言っていた。
彼女は、フィリップが子供の頃からの長きに渡って、クリフォード家に仕えているメイドのうちの一人で、キャサリンとの結婚の際に、フィリップが実家から連れてきた人間だ。
それ故に、夫婦の間に何かあれば、躊躇いなく夫の肩を持つ、そういう存在だと思っていた。だから、夫の不貞を打ち明ける相手としてふさわしいとは言えないだろう。そもそもメイドにそんなことを話すべきではない。
けれど、同じことを経験したであろうナディアにすがりたい思いが生まれたのも事実だった。誰にも言えず、一人で悶々と抱え込んでいたから、出来るものならばどこかで吐き出してしまいたかった。もしかしたら今がその時なのだろうか。それとも―――

「―――奥様? どうかなさいました?」
「え?」

どうしようかしら、と逡巡している顔つきが、余程思いつめたような深刻なものに見えたらしい。

「息子の件は奥様のせいじゃありませんし、どうかお気に病まないでください」
「ああ、違うの。いえ、もちろんそれもあるけど、その……何て言うか……」
「何かお困りのことが?」
「………そうね」

気遣うようなナディアの表情から手元のモルドワインへと視線を落とし、キャサリンは小さく息を吐いた。

「……彼が……私を裏切っていたの」
「!? 旦那様が、ですか?」
「ええ」
「ああ、奥様」

そう言ってナディアはキャサリンの腕をそっと撫で、小さく首を振った。

「今も続いているのですか? 旦那様と、その……」
「………わからない……もう会ってはいないように感じるんだけど」
「……そうですか」
「ごめんなさい、ナディア。あなたにこんなことを話すべきじゃないって解ってはいるの。でも、あなたなら、その……」

キャサリンの言いたいことを理解したように小さく頷き、ナディアはしばらくの間、何かを考え込むように視線を止めた。

「奥様、私は……旦那様や奥様、お二人のことに立ち入ることが許される立場ではありませんし、そもそも立ち入るつもりもありません。でも……この件に関してだけは言わせてくださいますか?この家のメイドとしてではなく、奥様よりうんと長く生きている女の言葉として」
「ええ……ええ、もちろん」
「時間はかかるでしょうが……もしこれが一度きりの過ちなら、どうか旦那様をお許しに」
「……」

ほら、やっぱりね―――夫を擁護するようなナディアの言葉に、彼女は軽い失望を覚え、心の中で小さくため息を吐いた。

「私のように、それが出来ずに後悔することだけは……」

だが次の瞬間、思いもよらないナディアの言葉に、先ほど生まれた失望はすぐにかき消された。後悔、というその言葉が、心に別の波を立てたのだ。

「……後悔、しているの?」

キャサリンのその問いかけに、ナディアはふっと軽く笑った。

「もちろん、今ではもう吹っ切れていますよ。もう20年以上も前のことになりますから。でも……別れたあとしばらくは、後悔の念に苦しみました。もう一度、彼にチャンスを与えるべきだった。許すことが出来なくて、修復する努力もせずに、一方的に彼を拒絶してしまったんです」
「……愛していただけに、裏切られて沸いた憎しみが大きかったのね」
「その通りです」

裏切られてもなお、本心では別れた夫をまだ忘れられずにいた、そうナディアは言った。

「私が間違っていた、まだ彼を愛してる、そう気付いた時にはもう、夫は違う女と新しい生活を始めていたんです。悔やんでも悔やみきれませんでした。息子が寝静まった後、酒を飲んでは泣き暮らしましたよ。今だから言える話ですけどね」
「Oh……」
「でも、このままじゃいけない、いい加減前に進まなければ……ある日息子の寝顔を見ていてそう気付いたんです。それでマンハッタンを離れて、クリフォード家に仕える仕事を……」
「そうだったのね……」
「奥様、私の目には、旦那様は奥様を深く愛しておられるようにしか見えませんよ。きっと何かの間違いです」
「……そう思いたいけど、でも……」
「そう信じるのです。どちらにしても、奥様のほうが立場上有利なんですから、堂々と構えていればいいんです。何なら旦那様にお仕置きの一つでもして差し上げればいかがです?」
「お仕置き!?」

ナディアのその提案に驚き、一瞬間を置いたあと、2人してぷっと吹き出した。

「……そうね、それも悪くないかも」
「私が奥様なら、そうですね……ある日突然、何も知らせずに旦那様一人を置いて、どこかカリブあたりにでもバカンスに行きますよ。飛行機をチャーターして、坊ちゃまと子守りと料理人も連れて、キッチンとプール付きの広いコテージでも借りて、当然費用は全額旦那様持ちで。ああ、もちろん私も連れて行ってもらいますけどね」
「ふふっ、それもいいわね」
「少しくらい懲らしめてやっても罰は当たらないと思いますよ」

ああ、今のは私のもう一つの後悔ですけどね。どうせ別れるならお仕置きのひとつでもしてやれば良かった―――そうナディアは笑った。





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「Magnet38」更新しました

やっと!

やっとこさ更新でございますよ!




いやーもうほんっと申し訳ない。前回から半年も間が空いちまってるじゃないですか!
おーまいがっ!
挙句、何だか辛気臭い内容になっちまったような、そうでもないのような。
今回は「ジェニーちゃん自爆の巻」と「ミシェ子さんご乱心」の二本立てとなりましたけども。
ジェニちゃん、やらかしちゃったねえ。うまいことポール君を操れるつもりでいたんだろうけど、彼も本心に気付いちゃったからには、とうとうこんな結末になっちゃった。
本当はポール君に「もう無理!」って言わせるのはもう少し先の予定だったんですけど、うまい具合にジェニちゃんが自爆しちゃったんで、これが潮時かな、と。
彼女は決して悪い子ではないと思ってます。むしろ、人に可愛がられて愛されるタイプのお嬢さんじゃないのかな。
作者自身はちょっと苦手な部分のある女の子として描いてますが。でもちょっとかわいそうなことをしてしまいましたかね。
自分が優位に立ちたいというか、外堀を埋めて安心しておきたいタイプなのよね。
ポール君の気持ちが完全に彼女に向いていたら、とてもお似合いのカップルだったんじゃないのかなーと思います。うん。


んで、ポール君の事務所での事務作業は、ワタクシの実体験からです。
飲食業に勤めてるとは言え、メニューやお知らせ等の制作・印刷、データの打ち込みや発注作業など、意外と事務作業も多いんですよ。特に発注はバイト君でも必須。
大手ならパソコン作業専門要員がいるんだろうけど、個人経営の店だと、そこの店長だけじゃなくて、バイト君たちにもそういう仕事が割り振らるのが現状。
ポール君パソコンは得意みたいだし、オーナーのデュボア夫人からの信頼も厚いので、頼りにされてるんでしょうね。



そしてラブラブ♥ファイヤーにこんがり焼かれて帰ってきたミシェ子さんですが。
ミゲル兄さんに夢中で、ベチ子さんとラム子さんとの約束すっぽかしたようですw
話の中で「ラムカちゃんちのコーヒーはマズイ」って描写がありましたが、彼女は幼稚園をクビになっちゃって、食費をカツカツに切り詰める必要があったので、ファミリーサイズのお徳用パックみたいなw、飲みきれないうちに酸化しちゃってそりゃ美味しくなくなるわな、みたいなw、そんなコーヒーしか買えないのでした。
美味しいコーヒーもらいに、ショーンさんちにもっと遊びに行けばいーのにーw


あと今回はもうほんっとにタイトル付けが難産でして、大変に苦しみましたw
「Teardrop」にしようかなとも思ってたんだけど、涙は「ミツバチの涙」で一度使ってるし、もう「真実と嘘」くらいしか思いつかなくて、それにしようと思ったんですけど、ミシェ子さんの部分にも通じるタイトルのほうがいいよなーと思って「決心」という感じの言葉に決めました。ミゲルにーさんが決心してくれた、という内容だしね。
ポール君の決心と言うのは、ちゃんと彼女にサヨナラを告げることだったと思うんだけど、微妙にマッチしてない気がしちゃうのような、そうでもないのような。
ま、いっか。


そして今回、ポール君とジェニたんのブレイク・アップの場面を書いていた時に、Adeleの「Set Fire to the Rain」という曲が頭の中ぐるぐるしてました。
厳密に言うと、Boyce Avenueという人たちのカヴァーのほうなんだけど。

それともう1曲、日本のアーティストなんだけど、COMA-CHIという女の子の「sayonara」という曲、コチラも同じく頭の中ぐるぐるしてまして。
どちらも切ない曲なんだけど、大好きな曲なんですよ。



本家Adeleよりもこのカヴァーのほうが好きなんですよね。とてもいい声です。



    ↑
雨に火をつけるの、というタイトルからしてすでに悲しいというか。
歌詞が気になった方は、和訳サイトさん等で探してみてくださいね。
なかなかジェニちゃんの心境にピッタリなんじゃないでしょうか。

このカヴァーはワタクシの別宅である「Simply Beautiful」という萌えブログでも紹介している、イタリア発の「G&T」というゲイドラマで使われていて、この曲が使用されてるシーンがとても好きなんですよね。
Adeleらしい悲しいメロディがそのシーンをよりドラマティックにしてくれてて。
ワタクシの脳内でもこれをバックにジェニたんが「うえーん゚゚(゚´Д`゚)゚」っと号泣しておりましたw




コチラはCOMA-CHIちゃんの「sayonara」。



    ↑
ホントはDJ Watarai Remixがいつも聴いてる大好きなバージョンなんですけど、つべに置いてありませんでした。残念。
「♪あなたの姿がどこかへ遠ざかって行くよ サヨナラ サヨナラ サヨナラ サヨナラ♪」っていう部分がぐるぐるすんのよね。
「またどこかで会えるといいね」という歌詞の状況にジェニちゃんがなれるには、もっと時間かかりそうだけどね。




こんな感じでポール君はとうとうジェニちゃんに別れを告げてしまいましたが、肝心のベチ子さんとはこの先どうなっていくのやら。
ラブ♥ボケなミシェ子さんはもうこの際ほっとこうぜw




次回はなるべく早くお出し出来るように精進いたします。
ま、書く書く詐欺常習犯の言う言葉ですからあまりあてになさらず、マッタリとお待ちくださいまし。





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Magnet 38. 「Make up your mind - 決心 -」




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ミッドタウン・ノース Café Dubois (カフェ・デュボア) 8:20 p.m.


カフェがその日の営業を終えて数分が経っていた。
彼は一足先に店から奥の事務所に引っ込み、ひとり、コンピューターの画面とにらめっこをしていた。
手元の紙を見てコンピューターに何かを打ち込んでは、時々、うーん、と声をあげて考え込むことを繰り返している。
オーナーであるデュボア夫人はもうすでに帰宅しており、あとは店の閉店作業を済ませた仲間から「終了した」という報告をもらい、今やっている仕事を済ませれば、彼自身も帰宅の途に就くことが出来るのだ。
1分でも早くそう出来るよう、尽力しているつもりだった。彼女が事務所のドアを開ける、その時までは。

「終わったわよ、ポール」
「Oh , Thanks , ジェニー」
「……」

ありがとう、とだけ言って、すぐに彼がコンピューターの画面に視線を戻す。そんな彼に何か言いたそうな顔を向け、ジェニーは入り口のドアを閉めた。

「……まだかかる?」
「うん……そうだね」
「ちょっと話せない?」
「今?」
「Oh , No no , 終わってからでいいの。続けて」
「……OK」

彼女は近くの椅子に座ってiPhoneをいじり始めた。正直言って気が散るし、カフェでベティと過ごした夜以来、ジェニーと二人きりになるのは居心地が悪かった。
けれど、1分でも早く仕事を片付けてしまいたかったし、『そこに居られると気が散るよ』だとか『帰ってくれない?』などと言うつもりもなかったから、黙ってそのまま仕事を続けた。
今ここで、争いの火種をわざわざ蒔くことはない。そしてその判断は賢明だったと言えるだろう。思いの外サクサクと仕事が進み、あと30分はかかるだろうと思っていたのが、15分も経った頃には終えることが出来たのだから。
コンピューターの画面から顔を上げてジェニーの方を見ると、彼女はiPhoneに何やら文字を打ち込んでいる。いつものように、友達とチャットでもしているのだろう。

「Uum……終わったけど……」
「―――お腹空いちゃった!何か食べに行こうよ」
「What ?」

勢いよくジェニーに腕を引っ張られ、断るタイミングを逸した彼は、素直にジェニーに付いていくことにした。何しろ彼自身も空腹で目が回りそうだったし、断ることで起こる彼女との気まずい会話に費やすエネルギーも、もうない。
ジェニーは彼をカフェから歩いて2分くらいの場所にあるレストランに連れて行った。何度か一緒に来たことがある店だ。
彼自身は特にその店が好きなわけではなかったが、それと同じくらい、嫌いなわけでもなかった。カフェから歩いてすぐの場所にあるから、時たま利用する。そんな店だった。
お気に入りの席があるわけでもなかったから、店員が案内した席に素直に腰を下ろした。
メニューに目を通してグラスに注がれた水をひと口飲み、乾いた口の中を潤していると、目の前のジェニーが突然「Oh my God !」と声を上げた。
見れば、近くのテーブルにいた、少し上の年代のカップルがジェニーに手を振っている。ジェニーはそのカップルの席へと行って2人とハグをすると、ポールの腕を引っ張って彼をそこへ連れて行った。

「ポール、兄のジェフと奥さんのルーシーよ。ジェフ、ルーシー、こちらポール」
「Oh ! Hi !」
「Hi !」
「はじめましてポール」
「はじめまして」

ポールとジェニーの2人は、彼女の兄夫婦に誘われ、彼らのテーブルに移ることになった。
ジェニーと2人きりで過ごすのは少し気が重かったから、それに救われたような思いもしたが、何の心の準備もないまま、彼女の家族と会って食事の席を共にするなど、今の彼にとっては負担でしかなかった。
兄夫婦だから比較的気楽に過ごしていられるものの、これが彼女の両親だったとしたら、そう思いついて、彼は心の中で身震いした。
ガールフレンドの両親に会うという経験が無いわけではなかったし、それで嫌な思いをしたこともなかったが、ジェニーに対して後ろめたい気持ちがあるからなのか、彼女の両親を前に堂々と振る舞える自信など、あるはずもなかった。
いや、誰に対しても、堂々と振る舞える自信など持ち合わせていないのが彼なのだが。









ミッドタウン・ノース 10:50 p.m.


それから2時間ほどが過ぎ、ジェニーの兄夫婦と別れた後、ポールはジェニーと仕事場であるカフェに向かって歩き始めていた。店の前に停めてあるポールのヴェスパを取りに戻るためだ。
ジェニーは大好きな兄夫婦のことを嬉しそうにあれこれと話している。それを聞きながら並んで歩いていると、ポールの停めたヴェスパが街灯に照らされているのが見え始めた。

「良かった。ジェフもルーシーもあなたのこと気に入ってくれたみたい」
「そう?」
「ええ、もちろんよ。きっとすぐにママに報告が行っちゃうわね。ルーシーったらお喋りさんなんだもの」
「Oh」
「ああでもママったら、どうして私も誘ってくれなかったの!なんて拗ねちゃうかもね。ふふっ、うちのママ、時々ちょっと子供みたいなところがあるから―――」
「―――Whoa whoa whoa , Wait a minute」
「Wha ?」

ジェニーの言葉を聞き、ポールが歩みを止めた。

「誘う……ってどういうこと?まさか……偶然じゃなかったの?」
「何のこと?」
「今夜のことさ。もしかして、彼らに会うように仕組んでたの?偶然のフリして?」
「……」

ようやく納得がいった。ジェニーの兄夫婦と握手をした時に、違和感のようなものを感じた、その理由を。
ジェフもルーシーも偶然に驚いたような顔をしていたが、どこか不自然な笑みを浮かべていたし、ルーシーとジェニーの、女同士のアイコンタクトが何となく心に引っかかっていたのだ。

「ジェニー?」
「偶然よ。決まってるじゃない」
「本当に?」
「なぜ私がそんなことする必要が?」

ジェニーは彼から瞳を逸らし、少し気まずそうな顔で下を向いた。

「Come on Jenny , 嘘つかないで。本当のこと言ってくれよ」
「―――嘘つかないで!?あなたがそれを言うわけ!?」
「!」
「あなたこそ本当のことを言ったらどう?具合が悪いだなんて嘘ついて私を追い返して、ベティとコソコソ遊んでたって」
「……What ?」
「知らないとでも思った?本当にびっくりよ。あなたでもあんなことするのね」
「……嘘はついてない。彼女とは偶然会っただけだよ」
「『偶然』ね。Hah」

そんなの信じられない、とでも言いたそうに、ジェニーが軽く鼻を鳴らした。
本当に嘘はついていない。しかし、そう口にしたことで、それが結局は『嘘』になってしまったと自覚してしまう感覚を覚え、彼は心の中で舌打ちしたい思いに苛まれた。
あの時は、本当に具合が悪くて帰ろうとした。だからあの時ジェニーに嘘はついていない。
けれど、自分の本当の気持ちに対しては?誰よりも自分自身に嘘をついているというのに。それはつまり、ジェニーに対しても嘘をついていることに他ならないではないか。

「―――Ok , ポール。認めるわ。彼らがあの店にいるのを知っててあなたを連れて行った。だけど信じて。騙すつもりはなかったの」
「Oh , God……」
「だけど普通に誘ってオーケーした?しないわよね?あなたは最近忙しい、疲れてるって私を避けてばっかりで、ろくに話もしてくれない。私たち、最近デートらしいデートもしてないし、最後にセックスしたのだっていつだった?」
「……僕だけの問題?この前デートに友達を呼んだのは君だよね?」
「彼らがあなたに会いたがったからよ。今日だってそう」
「彼らを優先したってこと?僕の気持ちはどうでもいいの?疲れてるのに、初対面の人間とずっと笑って話してなきゃいけない、その時間が僕にとってどれだけ苦痛か解らない?」
「じゃあ私の気持ちは?私に隠れて他の女の子と会ってた、それを知った私の気持ちが解る?」
「やましいことは何もしてないよ」
「そんな問題じゃない!何も解ってない!」
「じゃあ何?何が問題なの?」
「それは……」

ジェニーは口ごもり、彼から視線を外して俯いた。

「……相手が彼女だったからよ」
「? ベティのこと?」

ベティの名前を口にするだけで、心がひび割れてしまいそうになる。きっとそれは、ジェニーにとっても同じことだ。ただし、彼は、それを知らない。

「彼女は………ただの友達だよ」

彼は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
自分の言葉に自分で傷つくのは、これが初めてではなかった。けれど、『ただの友達』という言葉が、こんなにも胸を抉る言葉だったなんて。

「ただの友達?じゃあなぜいつも彼女を目で追うの?」
「!」
「私をあんな目で見てくれたこと、あった?」
「……」
「……私のこと、もう好きじゃないの?」
「……好きだよ」

―――でも、愛してはいない。

「Oh my God……」

彼の瞳の色から察したのか、ジェニーは口元を手で覆い、瞳から頬に流れ落ちる涙を彼に見せつけた。
『ねえジェニー、泣かないでくれよ。僕が悪かった。強く言い過ぎたよ』―――いつものように、彼のこんな言葉を引き出すために、無意識に。
それなのに。
今夜の彼からは、その言葉を引き出すことは出来なかった。

「……I can’t do this anymore」
「……What ?」
「もうこれ以上、自分に嘘はつけないよ。もう君とは……やっていけない」
「! No , Noo ! Oh my God……oh my God ! 」

『もう無理だよ、ジェニー』―――彼の言葉に彼女は泣き崩れた。

「きみのせいじゃない、ジェニー。僕が悪いんだ」

『It’s not you. It’s me』―――過去に何度か言われて傷付いた言葉を、自分が口にしていることが信じられなかった。
けれど他に何を言えば良かったのだろう。だって悪いのは、間違いなく僕のほうだ。
ごめんよ、ジェニー。そう何度も言いながら、彼も泣いた。
頬を伝うそれは、もしかしたら、いつの間にか降り出していた、雨の粒のせいだったのかもしれないけれど。













チェルシー 9:45 p.m.


―――「で?まだミシェルと繋がんない?」
「わざと電源切ってるのよ。今日も彼の家に泊まってくるつもりだな、ありゃ」
「まあ、彼が幸せならそれでいいじゃない」
「だけどどうするのよ、これ」
「私はもう無理。あとコーヒーしか入んない」

3人分、いや、それ以上のボリュームの料理やデザートが、テーブルの上に所狭しと並んでいる。
その日の夜は、3人でゆっくり話しながら夜食を食べようと、前もって計画を立てていたのだ。
昨夜のクリフォード家のパーティーの帰り道、ミゲルと並んでキャブまで歩くミシェルに『じゃあ明日ね』と声をかけていたのに、今日になってみれば、彼と一切連絡が取れないのだった。
ああ、苦しい、と言いながら、ベティが椅子にもたれるようにしてお腹を突き出し、『ふーっ!』っと大きく息を吐き出す。
もう動けないからコーヒーはあんたが淹れて。そういうアピールだ。
仕方なくラムカがコーヒーを淹れるために立ち上がった。ミシェルはいつも比較的高価なコーヒー豆を買っているので、それを期待して、勝手知ったるピノトー家のキッチンキャビネットを開けたのだが、そこにあったのはどういうわけか、どこのマーケットにも置いてある廉価品のコーヒーの粉だった。

「これ補充したのあんたでしょ」
「へへ、バレた」
「目の前にもっと美味しいコーヒー売ってるカフェがあるのに」
「給料前だったんだもん。言っとくけど、あんたんちで飲むコーヒーよりはずっと美味しいから」
「それ言わないで」

軽口を叩き合い、出来上がったコーヒーを飲みながら、彼女たちはたわいもない話を続けた。
ふと、手元のコーヒーを見て、ラムカが思い出したように声を上げる。

「そう言えば―――」
「―――ん?」
「……ううん、何でもない」
「何よ」
「ほんとに何でもないの。そう言えばうちのコーヒー、あとどれくらい残ってたかなーって思っただけだから」
「うんっと残っててもさ、もっとマシなやつに買い替えなよ」
「うるさい」

軽く笑いながら淹れたばかりのコーヒーを再び口にする。
本当は、泊めてくれた朝に、ショーンが淹れてくれたコーヒーを思い出したのだ。
彼もミシェルに負けないくらいに、質の良い、美味しいコーヒーを選ぶ人間だと知った。
あれ以来、コーヒーを飲むたびに、彼の部屋で過ごしたあの朝を思い出して、何故だか胸のどこかがちくちくとしてしまう。
もちろんそんなことはベティに言えなかったから、適当に言葉を濁して、たわいもない会話を続けたのだったが。


そんなふうにとりとめもなく女同士の話に花を咲かせていると、がちゃり、と玄関のドアが開く音が聞こえた。
ミシェルが帰宅したのだ。

「お、帰ってきた!」
「Hi , ミシェ―――」
「―――独りにして!」
「Wha ?」
「ちょ!ミシェル!」

帰宅早々、挨拶もなしに、ミシェルは逃げるように自室へと姿を消した。まるで旋風のようだった。

「なに今の、Flash* ?」
「ね……まさかミゲルと何かあったんじゃ!?」
「うそ!大変!」

ベティとラムカは急いで立ち上がると、ミシェルの部屋へと走った。2人してドアに耳を当て、中の様子を窺ってみる。
しかし、ため息のようなものしか聞こえてこない。これでは判断の仕様がない。ベティは恐る恐る彼の部屋のドアをノックした。

「Michel ? Are you alright ? 」
「……」
「開けるよ?」
「Non」

ミシェルの返事を無視して扉を開く。彼はベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋めている。泣いているようだった。

「Oh my god ! どうしたっていうの?私の天使ちゃん」
「ミシェル!」

ベティとラムカは彼のベッドに腰を下ろし、彼を慰めようと、彼の髪を撫でたり、背中を撫でたりして様子を覗った。
が、ミシェルからの反応はない。彼女たちは不安げにお互いの顔を見つめ、心配そうな顔で再びミシェルへと視線を落とした。

「ね、ミシェル。彼と何かあった?」
「……」
「Honey ?何とか言って」
「………違うんだ」
「違う?何が」
「For God’s sake (まったくもう), 余韻に浸ってるのに!邪魔しないで」
「なんだ、そういうこと」
「何なに?何の余韻?ちょっと!詳しく話しなさいよ」
「聞くだけ野暮じゃない?」
「だって夕食の約束すっぽかしたんだからね。言わないと許さないよ」

God―――それすっかり忘れてた、というニュアンスの声を上げ、ミシェルはうつ伏せていた状態から、天井を見上げるようにと体勢を変えた。

「やだ!ホントに泣いてたの?」
「え?悲しいの?どっちなの?」
「はぁ……彼のこと好きすぎて辛い。死にそう」
「Aww……」
「ねえやっぱり聞いて!僕史上、最高に幸せな一日だったんだ。はぁぁ……まだ胸がきゅんきゅん痛いよ。きっとあちこち穴が開いてる。きっとこのまま死んじゃうんだよ」
「何?プロポーズでもされちゃった!?」
「Whoa !」
「まさか」

はーっと大きく息を吐き、ミシェルは目じりの涙を拭ってベティの顔を見返した。

「やっと彼がはっきりと気持ちを示してくれたんだ。初めて彼が愛を与えてくれたんだよ!ねえ解る?これって大きな大きな一歩だよ。僕たち、やっと同じステージに立てたんだ」
「そうなの!?良かったじゃない!」
「Ok , fine , でもそれがあんた史上いちばん幸せなこと?」
「なんで?」
「もーっと凄いことかと思っちゃったじゃん」
「解ってないなあ。いい?彼はゲイじゃなかったんだよ?ずっと女と寝てたんだ。そんな彼が僕とのことを決心してくれたのに、これ以上幸せなことってある?」
「! 知ってたんだ……」
「Wha ?」
「いや、彼が女と……ほら……」
「知ってるよ、もちろん。女と一緒に帰ってきてセックスしてたし」
「えっ、見たの?それとも―――」
「―――まさかのスリーサム(3P)!?」
「Non !」

もう!この素晴らしい一日をスリーサムなんて言葉で穢さないで!―――そう言ってミシェルは両手で顔を覆った。

「ごめん、ごめん。でもさあんたも今言ったよ?」
「Shut up !」
「Hey ! そんなことより、幸せの分けっこよ!」
「Oh !」

ラムカとベティは、ミシェルの両側にそれぞれ横たわると、げらげらと笑いながらぎゅっと彼に抱き付くのだった。


3人のうちの誰かが幸せに溢れている時、或いは不幸で悲しんでいる時、彼らはいつもそうやって、3人で分け合うのだ。
いずれ彼らは知ることになるだろう。この時分け合った幸せのかけらの、その行く末を。










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「Magnet37」更新しました

お待たせいたしました。 今年最後のMagnet更新です。

本当は今年最後はショーンさんとラムカちゃんでキメたかったんですけどね。
どういうわけか「M&M 愛の劇場」になってしまったという。
しかも今回5000字に届かないくらいの非常に短いお話となってしまいました。
その代わり、内容はけっこう濃いと思うので、それでお許し下さいまし。
いやもう、作中のミシェルのように、ミゲル兄さん愛が溢れて溢れてしょうがなくてですねw
時間置いて出すのも気持ち悪かったんで、先にコッチ出すことにしちゃった、うん。

作中に出てきたサウス・ハンプトンは、ハンプトンズと呼ばれる一帯の中のひとつ。
「Sex and the city」にも出てきた場所で、ニューヨーカーにとって憧れの避暑地のようです。 ハンプトンズ wikiページ

地図はコチラ


Southampton (South + Hampton)、が正しい表記なので、本当は「サザンプトン」とか「サウサンプトン」って書くべきなんですけど、日本語表記だと分かりにくいっていうか、サウス・ハンプトンという響きのが好みなのであえてそう書いてしまいましたが、もしかしたらここの部分は書き替えるかもしんなーいw


ひりっぷさんはミゲルさんに厚い信頼を置いていて、車を買ってあげただけじゃなく、
ここも自由に使ってええでー、と合鍵も渡してる、そんな設定なんですが。
探偵業務(?)に車は不可欠ですし、ここハンプトンズで張り込みすることもあるでしょうからw
(単なるご都合主義ですねスイマセンw)



で、クリフォード家の別荘のイメージとしては、こんな感じかなあ?と。
     ↓
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もしくはこんな感じ? ちょっと大きすぎるかな。
     ↓
pin-fav58.jpg




これくらいのこじんまりとしたビーチハウスかもしんない。
     ↓
pin-fav60s.jpg




こんなふうに邸宅から砂浜に降りるようになってる、というか、住人しか砂浜に降りちゃいけないみたいねw
つまり、敷地内はプライベートビーチってことになるんでしょうか。
ミゲルさんたちにちょっとウロウロ歩かせちゃったけど大丈夫かなw
まあいいやw


で、今回のタイトルですが、ズバリ、SADEの名曲からお借りしております。
なのでご存知の方はすぐに「あ、SADEだ!」ってお気づきになられたでしょう。
この曲のPVの中で海や砂浜が出てくるんだけど、ミゲルさんたちが海に到着して砂浜に降りた時に、この曲がふわ~っと降りてきちゃったんですよ。曲と映像が。
んで、内容もシンクロしてる部分もあったので、これしかない!と思いまして。
でもそのまんまお借りするのは避けたかったので「プライド」の部分を他の言葉に変えようと思ったんですけど、この「Love is stronger than pride」という言葉の持つ力や美しさみたいなものは変えられないし、変えてはいけないな、とそのままお借りすることにしました。



何故かPVが観られないようなので静止画ですんません。



夏になると必ず聴いてしまうという、ワタクシの愛してやまない1曲であります。

実は、SADEからは他にもとっておきの話が生まれてるんですけどね。
それはまたいつかお出しできると思うので、その時までお待ち下さいまし。



さてさて、始めはつれない態度だったミゲルさんがやっとこさ決心してくれたみたいで、ラブラブ♥ファイヤーにこんがりと焼かれちゃった彼らでしたがw、最後ちょっと不穏な空気が流れたような、そうでもないようなw
ま、近所のおばさんに見られてただけかもしんないしねw
大した心配はいらないんじゃないかなと思います。
うん、たぶんw


んで、冒頭でも言いました通り、今年はおそらくこれが最後の更新になります。
なかなか思うように進められない1年でしたけども、脳内ミゲルさん発見!という大事件のおかげでw、とても楽しい創作時間が持てた1年でもありました。
焦れ焦ればかりで申し訳ないですがw、また来年も彼らの顔を見に来てやってくださると嬉しいです。

来年もどうかよろしくお願いいたします(∩´∀`@)⊃




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Category: Notes

Magnet 37. 「Love is stronger than pride - 愛はプライドよりも強く -」



pin-magnet37.jpg





「―――んん……」

指が頬を滑る感触に、寝ぼけたまま、彼が子供のような甘い声を上げる。
頬から唇にその感触が移動した時、ようやく彼の瞳が開かれた。
彼の瞳を開かせた犯人が、罪作りな笑みを向ける。

「Hi……起きてたの?」
「とっくにね」
「ふぁぁ……あー、いい匂いがする」
「Yeah , エスプレッソを淹れたんだ。それと朝食も」
「No , it’s YOU !」
「Aw !」

ベッドの縁に腰かけるミゲルを引き倒し、男の上半身に自分の上半身を乗せるようにして、ミシェルが男の唇を奪った。
先にシャワーを浴びた男の髪からは甘く清々しい匂いが漂っていて、それが媚薬のような効果をミシェルにもたらすのだ。そのせいで彼は、口付けを止めることが出来ない。
男が笑いながら何とかそれを止めさせ、『シャワーを浴びて来いよ』と言ってベッドから出て行ってしまったので、ミシェルも仕方なくのそのそと起き上がり、バスルームへと向かった。
シャワーを浴び、男の洗いざらしのリネンシャツを借りて、素肌の上にそれを纏った。ケミカルな青白さを一切持たないそのリネンシャツの白みと、洗うだけで完成するまろやかな皺が、薄いカフェ・オ・レ色をしたミシェルの艶のある肌をいっそう引き立てている。
ミゲルのシャツを素肌に纏う。ただそれだけのことで、彼はミゲルに背中からぎゅっと抱きしめられている、そんな気になってしまう。そしてその思い付きは、胸のあたりできゅっと音を立てる甘い痛みを生むのだった。
そしてその甘い痛みには、何度恋をしても、少しも慣れることがない。

「―――このあと、出掛けるか」

朝食を食べている最中に、突然男がそう言い出した。
『このあとどうする?』 今そう言おうと思っていたのに。ミシェルは少し驚いて、すぐに返事をすることが出来なかった。

「えっと、それって映画とか……ショッピング?」
「No」
「じゃあ……美術館とかアート・ギャラリー?」
「No」
「じゃあ……」
「最後にマンハッタンを脱出したのは?」
「!」






「―――君って本当に僕を驚かすことが得意だよね」
「ん?」
「この車だよ。僕の周りで車を持ってるニューヨーカーなんて、二人くらいしかいないから」
「仕事でどうしても必要な時があるから、フィルに買わせたんだ」

そう言って片方の眉を上げるミゲルに、ミシェルが怪訝そうな表情を返す。

「ウォール街で働いてて車が必要? 運転手じゃないよね?」
「もちろん違う」

ここだけの話、と声を潜め、ミゲルが神妙な顔を向けた。

「俺の本当の職業はFed(FBI捜査官)だ。誰にも言うなよ」
「嘘! ちょ、マジで!?」

冗談に決まってるだろ? そう言って笑うミゲルの髪を、仕返しのようにミシェルがくしゃくしゃっと乱す。
窓から流れる景色も、車を運転するミゲルの横顔も、どちらもずっと見ていて少しも飽きることがなかった。
ただ時折、ミゲルがこちらに顔を向けるから、そのたびに彼は、ミゲルの顔を捕えて口付けてしまいたくなる衝動を抑えなくてはならなかったのだが。

シーズン前で、まだ少し風が冷たいからだろうか。日曜日だと言うのに、思いのほか渋滞に巻き込まれることもなく、昼過ぎにはロングアイランドのサウス・ハンプトンに辿り着いた。
なかなかまとまった休みの取れないミシェルは、ここハンプトンズでのヴァカンスを楽しんだ経験が、まだ、ない。
何となくここは、白人の富裕層だけが訪れることを許された町、そんなイメージを持っていたせいもある。
実際は決して富裕層ではないラムカやベティも、夏になるとここを訪れることがある。言ってみれば『ニューヨーカーにとっての避暑地』的な場所なのだが、ミシェルには何となく縁がない場所のような気がしていた。
自然と触れ合うよりも、街の喧噪や人混みから生まれる都会のヴァイブのほうが、彼の肌には合っていたのだろう。そして、そのことに何の疑問も持ったことがない、そんな生粋のニューヨーカーなのだ。
ミゲルお気に入りのイタリアン・カフェで軽めの昼食をとった後、海のそばにあるクリフォード家の別荘に車を停め、ふたりはそのまま砂浜へ降りた。
海から吹き付ける風は少し冷たかったが、とても心地よい。
犬を散歩させる老人とすれ違い様に軽い挨拶を交わし、しばらく砂浜を歩き続けていると、座るのにちょうど良さそうな大きな石が二つ、三つ、といくつか無造作に並ぶ場所に辿り着いた。
ミゲルがそのひとつに腰を下ろしたので、ミシェルもその隣に腰を下ろして、春の匂いを運ぶ潮風を思い切り吸い込んだ。

「海なんて何年ぶりだろ」

ミシェルが眩しそうに瞳を細める。

「君は?ここへはよく来るの?」
「たまにね。逃げ出したくなった時に」
「マンハッタンから?」
「……Yeah」

軽く笑ってミゲルが海の方へと視線を移した。
ミゲルの着ている、空と同じ色をしたブルーのシャツが、吹き付ける風に心地よさげに形を変える。それをぼんやりと眺めていると、懐かしい情景が浮かんで来て、ミシェルの頬を綻ばせた。

「うんと小さい頃、ママンが時々コニーアイランドに連れて行ってくれたことを思い出すよ。体に悪そうなさ、奇抜な色したチョコレート・スプリンクルがたっぷり乗っかったアイスクリームを食べて、メリー・ゴー・ラウンドや観覧車にも乗ったっけ。でも妹が生まれてからは、あまり行かなくなっちゃったけど」
「Why ?」
「わからない……どうしてって訊けなかったから。ママンと妹の父親が上手くいってた頃までは、そういう楽しいこともいっぱいあったんだけど……」

その後は、幸せな子供時代だったとは言えないかもしれない。そう喉元まで言いかけた言葉を飲み込んで、ミゲルの方へと視線を向けた。

「妹の父親がさ、マックスって男だったんだけど、君みたいな青いシャツを海で着てたんだ。それで思い出した」
「……実は俺も『マックス』だったかもしれない、そう言ったら?」
「! そうなの?」
「Yeah , 親父が最初、Maximiliano(マクシミリアーノ)って名付けようとしたらしいんだ」
「! Non ! それじゃ僕と同じ『ミカエル』由来の名前にならないじゃない!タイムマシンで過去に行って、君のダディを全力で止めるよ」
「Oh , じゃあ君が過去に戻って親父を説得してくれたのか」

瞳を丸くして、そうミゲルが笑う。つられて笑いながら、ミゲルに『マックス』と呼びかける自分を想像した。

「でも案外『マックス』も君に似合うかも。何だか強そうな名前じゃない?」
「どうかな」
「ああでも、やっぱり君は『ミゲル』でなきゃ。良かった、マクシミリアン?マクシミリアーノ?にならなくて」
「Yeah」

ミゲルがくつくつと愉しそうな声で笑う。

「その君のダディは? 今どうしてるの?」
「I don’t know , 長いこと連絡を取ってないから」
「!」
「7年くらい前はマイアミに住んでたけどね。根無し草だから、今頃どこでどうしてるんだか」
「僕のママンもそう。男が変われば住むところも変わるひとだから」
「今は?」
「カナダに住んでるよ。いけ好かないフランス男とね」

そうか、と言ったきり、ミゲルは再び海の方をじっと見つめていた。
昨夜、クリフォード家のパーティーから帰宅した後、ミゲルはいつもにも増して口数が少なかった。
母親のナディアと会ったことが原因なのだろうか。そう思ったが、何となく昨夜はその話をすべきではないように感じた。
だからそんな話をする雰囲気にならないように、彼はベッドの中にミゲルのラップトップを持ち込んで、ミゲルと一緒に適当に選んだ映画を観たのだった。(結局、彼は途中で眠ってしまったのだが。)
今なら話してくれるだろうか。ふっとそんな思いが沸いた。

「……訊いてもいい?」
「いいけど、質問による」
「君と君のマムって、何か問題を抱えてるの?」
「Oh , 直球だな」
「ごめん。不快な質問だったなら答えなくていいよ。忘れて」
「No , it’s ok」

ミゲルは言葉を探すようにしばらく海を眺め、やがて静かな眼差しをミシェルへと向けた。

「問題があるってほどでもない。ただ、過去にひどく母を失望させてしまって……それも一度じゃなく、何度も」
「Oh……」
「母にはどうしても理解出来ないことばかりしてきたから。だから時々、ぎくしゃくしてしまうんだ。昨日みたいに」
「……僕たちのこと?」
「……Yeah」

そう瞳を伏せた目の前の男は、ミシェルのように、ゲイであることに誇りを持って生きている類の男ではないのだ。そう改めて認識させられた。
そもそも、ミゲルはゲイと言えるのかどうかさえわからない。何しろ、ミゲルのような男は初めてで、時おり戸惑ってしまう。
それまで、過剰ともいえる愛情表現をする恋人ばかりだったから、それに慣れきってしまっていただけかもしれないが。
けれど、ミゲルからの愛情表現に、物足りなさや焦燥感はもう感じなかった。
愛されたい。彼の愛が欲しい。出会ってからすぐは、そんなことばかり思っていた。いつしか、そう願うことよりも、泉のように湧いてくるミゲルへの愛しさを、きゅっと噛み締めることが出来る瞬間こそ、言葉にならない幸せに満たされるのだと知った。そして、その瞬間を味わう毎に、彼の愛は強さを増している。

「―――Look」
「?」
「……君の家族や友人たちに僕たちのことを理解してもらえないとしたら……そう考えただけですごく悲しい。いや、もちろんあり得ることだけど、実際言葉にしてみると、やっぱり辛いよ」
「……そうだな」
「ねえ、それでも君は僕を遠ざけずにいてくれる………いや、本当のところ、君にはまだ迷いがあるよね。僕たち『おあいこ』だとはまだ言えないし、それはよく解ってる。だから君を追い詰めるようなことはしたくない。だけど……」

そこまで話して、ミシェルはその琥珀色の瞳を、真っ直ぐにミゲルへと向けた。

「これだけは知ってて欲しいんだ」
「?」
「君と一緒にいるだけで……それだけでとても幸せだよ」
「……」
「たとえ世界中を敵に回したとしても、君といられるならそれでいい」
「………ミシェル、俺は―――」
「―――Non , 何も言わないで」

言葉にしなくても、君は瞳で語ってくれるから。今はそれでいいんだ―――男の頬へ手のひらを置き、親指でそうっと男の唇を撫でた。
唇の代わりに眼差しを重ねる。互いの瞳の中に灯ったもの。それを互いに確信した時、男は眼差しを重ねたまま、頬に置かれたミシェルの指を絡め取り、そこへ唇をあてた。

「……Come」




ミシェルの手を引いて、クリフォード家の別荘へと戻る。
中に忍び込むのと同時に、貪るように口付け合った。
当然、ベッドまで行く余裕などない。すぐそこのカウチまでも待ちきれず、暖炉の前、床に敷かれたファーの上で身を重ねた。
広い邸内でミシェルが遠慮なく声を上げる。それを時折唇で吸い取りながら、ミシェルの中で、男も激しさを増した。
やがてふたりの声が、共に切羽詰まったものに変わり、その時を迎える。
息も絶え絶えに口付けを交わし、ふたりは床の上で、いつまでも固く抱きしめ合ったままで離れられずにいた。
やがて整った呼吸を取り戻した頃、男はミシェルの頬へと手を滑らせて、彼の瞳を自分の方へと向けさせた。
もう俺に迷いはないよ、ミシェル―――男のかすれた声に、ミシェルの眦から、澄んだものがあふれて零れ落ちた。




少し眠りに落ちた後、彼らはモントークの灯台まで足を延ばし、美しい夕陽に染まる世界を瞳に焼き付けた。
数時間の後、すっかり闇に包まれた都会に戻り、ミシェルのアパートメントの前にミゲルが車を停める。
忘れられない一日をありがとう―――ミシェルの言葉に、男が柔らかな笑みを返した。見つめ合い、互いの頬に手のひらを添えて、そっと唇を重ねる。
甘く優しいおやすみのキスは、時を忘れたようにいつまでも続いた。
そのうちに、名残惜しそうに男の頬から手を離し、ミシェルが車を降りる。彼が建物に入って行くのを見届けると、ミゲルは静かに車を発進させた。
離れた場所から、彼らの一部始終を見ていた存在に気付くこともなく。






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