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Magnet 1.「 Lamka 」


   
Magnet 1.

「 Lamka 」-ラムカ-

m-file-magnet1b.jpg




すべての不幸は未来への踏み台にすぎない

――― ヘンリー・D・ソロー ―――




彼女がそれを目にしたのは、ベンチに誰かが置き忘れた(或いは置き去りにした)新聞を何気なく手に取った、その
紙面の隅っこだった。
『 世界の名言 ― 今日の言葉 ― 』 ――見出しにはそう書かれてある。
一見非常に前向きで、確かに勇気を与えてくれそうな言葉ではある。
だが今の彼女には何も書かれていない白紙をざっと眺めただけに等しい。
つまり、心に何も響いて来ない。何も入って行かない。
強いて言えば、アルファベット自体は目に飛び込んで来るのだが、文章としてではなく、ただの記号のようなものにしか見えていなかった。
つまり彼女は今、心ここに在らずな状態なのだ。

新聞から目を上げて、少し周りを見渡してみる。
向かいのベンチで編み物をしながらお喋りをしている老婦人が二人。
それから近くのベンチで同じように新聞を手にしながら熱心に何かを書き込んでいる、40代後半くらいの男。
本を読んでいる人もあれば、お喋りに興じている人もいる。そう、皆、" 何か" をしている。
再び前を向いて、コートの前をきちんと合わせ、マフラーを巻き直し、そして彼女はふっとこう思う。

で、どうして私、こんなところで座りこけてるんだっけ?


まるで路線を間違えたバス停のベンチに座り、間違いに気付かず一時間も二時間もバスを待ち続けながら、いつしかそのバス停に居る理由も、そこへ来た目的すらも見失ってしまったような、そんな気分だった。
それは現実からの逃避ではなく、彼女は今、本当に混乱していた。
いけない、私ったら!仕事に戻らなきゃ ――― 次の瞬間、うっかりそう思いついて急激に目の前が真っ暗になり、
彼女は上体を伏せるようにして膝の上で頭を抱えた。
戻るべき仕事などもう失ってしまったというのに。そう、ほんの二時間ほど前に。
底の無い沼にぶくぶくぶく・・・と沈んでいくような感覚が彼女を襲った。
苦しい。息が出来ない。二度と生きて這い上がることなんか出来そうにない。
助けて!レイ!―――何故よりによってその名前を呼んでしまったのだろう。
その理由はいずれ知ることになるのだが、とにかく今この時、彼女は絶望し、混乱を極めていた。



「――どうしたの?」
「――?」

突然の子供の声に彼女は現実に引き戻された。
顔を上げると、目の前に心配そうな顔をした5歳くらいの小さい男の子がサッカーボールを胸に抱いて立っている。

「あたまがいたいの?」
「あ・・・」
「それともおなかがいたいの?」
「・・・いいえ、そうじゃないの」
「でも、泣いているよ?」
「あ・・・」

慌てて濡れた頬を拭うと、少年は自分の胸に手を当てて、心配そうに彼女の顔を再び覗き込んだ。

「ここがいたかったんだね?」
「・・・心配してくれてありがとう。 えっと――」
「――レイモンドだよ。ママは僕をレイって呼ぶんだ。だからさっき、ママが僕をよんだのかとおもっちゃった」
「・・・!?」

レイ――彼女は確かにその名を呼んだ。しかし決して声に出して呼んだのでは無い。心の中で叫んだのだ。
「助けて、レイ!」と―――

「聞こえたの!? レイって!?」

さらさらのダークブラウンの髪を揺らし、少年がこくん、と頷く。

「ママはおしごとだからここにいるはずがないんだ。だから変だな、っておもったんだけど・・・きみだったんだね」
「ね、本当にレイって、そう聞こえたの?」
「うん。 どうやらやっと・・・ " そのとき " がきたみたいだね、シェリー」
「―――!?」

驚きの余り言葉を失い唖然とする彼女に向かい、少年はにっこり微笑んで片手を差し出した。

「はじめまして、シェリー。やっときみに会えた」
「ど・・・どうして・・・」
「ああ、気にしないで。これは "バディ " のせいだから。それから、悲しまなくてもだいじょうぶ。
そのうちきみにはいいことがあるから、だから泣かないでって」
「あ、あの・・・」
「―――坊ちゃま!!」
「ああ、今行くよ、ミスター・アンダーソン!・・・じゃあまたね、シェリー」 ―――








向かい側に位置する受付係のモニカが(詮索好き、別名 " スピーカー " )、興味津々な様子で何度もこちらを
ちらちらと見ている。
それを "何見てんのよ " といつもの顔でやり返し、ベティはグリーンの瞳をこちらに戻して眉をひそめた。

「なあに?その子・・・何だか・・・薄気味悪いよ」
「それは言いすぎだよ、ベティ。でも不思議な能力を持った子供には間違いなさそうだね」

最近髪をアフロから短く変えたばかりのミシェルが、椅子のキャスターをくるくるとせわしなく動かしながら
興味深そうな顔を見せた。

「そう思うでしょ?ミシェル。私の名前を知っていたのよ?それも " シェリー " の名を」
「幼稚園の子じゃないの?以前の園児だとか」
「いいえ、初めて会った子よ・・・・何だか・・・見たこともないような・・・とても不思議な瞳の子供だった」
「虹色とか!?」
「まさか!綺麗なヘイゼルの瞳だったわ。確かに猫みたいに環境で変わる瞳の色よね?そういう意味では
虹色と言えなくもないけど・・・でも、なんて言うか・・・そんなんじゃなくて何もかもを見透かしているような、
とにかくとても不思議な瞳だったの・・・・上手く言えないけど」
「あんなヤツの名前なんか呼ぶからよ、ラムカ。あんたを騙して挙句、仕事まで失わせたんだからね。
ホント最低の男!」
「ベティ」
「何よ、ホントのことじゃない」
「――ミシェル、ご指名だよ」
「ああ、今行くよ。 ――じゃ、仕事に戻るけど・・・ハニー、元気出して。またあとで電話するよ」

艶のある薄いブラウン・スキンの美しい青年に素っ気なく手を振り、ベティは頭を抱える目の前の親友に溜息を吐いた。

「もう、最悪だわ・・・失業だけじゃない、どうしてこうも男運がないの?私・・・」
「それについては悪いけど、頷かざるを得ないわね。・・・まあ、あたしも人の事言えないけどさ」
「・・・・はぁ・・・・」

大きく溜息を吐いたラムカが首をうな垂れたその時、一人の薄茶色の癖毛を持つ青年がトレイにコーヒーを載せて
店内に入って来た。

「ごめん、遅くなって」
「Hi、ポール」
「・・・・? どうかしたのかい?ラムカ」
「・・・・大丈夫、彼女にとって人生で何度目かのどん底、ってなだけ」
「本当かい!?大丈夫?ラムカ」
「・・・・・・」
「ラムカ・・・?」
「・・・・・・・・え? あ、ポール、いたの?」

ポールと呼ばれた青年とベティは思わず肩をすくめ合った。

「あー・・・あの・・・どん底の時くらいおごってあげたいんだけど・・・その・・・」
「解ってるわよ、あんたを失業させる気はないわ。こんな美味しいカプチーノ、NY中どこ探したって
飲めやしないもの」
「あー、サンクス、ベティ。 じゃ、行くけど・・・ラムカ、元気出して。また店にもおいでよ」


彼女はゆっくりと届けられたカプチーノへと視線を落としてみた。
よりによって今日はハートマーク!? ポールお得意のラテアートもこの日ばかりは恨めしく映る。
その憎たらしいハートをずず、と啜って消すように飲みながら、彼女はこっそりと胸の中でポールの馬鹿、と
悪態を吐いた。
彼には何の責任も無いというのに。
ごめんね、ポール、こんなに美味しいカプチーノを届けてくれたのに。私こそ最低だわ。
ひょこひょこと片足を軽く引きずりながら通りを渡り、向かいのカフェへと戻っていくポールの後姿を窓から眺め、
いつも優しい彼に対して八つ当たりしてしまった自分自身に嫌気が差した。

「・・・どうする?気分転換に爪、塗ってあげようか?」
「・・・・・ううん、いい。失業したんだもん、そんなお金、無いし」
「いいよ、お金なんて」
「そんなわけにいかないわよ。それにもうじき予約の時間でしょ」
「え?もうそんな時間!?」




ベティとミシェルの仕事場であるサロンを出た彼女は道を南下し地下鉄の駅へと向った。
グランド・セントラル駅の前まで来たものの、何となく電車に乗る気になれず、駅をそのまま通り過ぎ歩き続けた。
ニューヨーカーはとにかくよく歩くが、流石にここミッドタウン・ノースからブルックリンのアパートメントまで
歩いたことはない。
一体どれくらいの時間と労力が必要なのかと想像してみたが、直ぐにそれをやめた。
何しろ今の彼女には幸か不幸か時間だけはたっぷりとある。たとえ3日、いや、10日かかったとしても、
仕事に穴を開ける心配などしなくてもいいのだ。
疲れ果てて死んだように眠っても、明日の朝もその次の朝も、好きなだけ寝ていても何の問題もない。
そうよ、悪いことばかりじゃないわ。
そう無理やり自分に言い聞かせ、その無理やりさ加減にまた泣きたくなった。

今朝目覚めた時は・・・素敵な朝だと思ったのに―――

既に何度も何度も吐いた溜息をまたも吐き出し、彼女はひたすら歩き続ける。
何故突然こんなことに・・・? ――解っている。私はルールを破ったのだと。
「由緒あるセント・ジョン幼稚園の教諭に相応しくない行いをした」
一方的にそう言われ、そして抹殺されたのだ。
園児の親と恋愛をしてはいけない。
ルールブックに載せるまでもない当たり前の常識を破ったと責められて。

でもブランドンは2年前に卒園した子なのだからもう園児ではないし、父親であるレイとデートをするようになったのも
つい最近のことだ。
そしてその父親であるレイは独身だったのだ。――結局はそれも嘘だったのだけど――

彼を愛していたのか、と問われればイエスとは決して言えない。誘われて何となく始まった関係だったし、
本気で愛し合う関係に発展する、そのずっとずっと手前で終わった。
つまり彼にとってはただの火遊び・・・そう、ただそれだけ。
だから悲しくなんかない。あんな大嘘つきの男、二度と顔も見たくない。
でも・・・彼の子供も他の園児達のことも、心から愛していたのに。


――!

もうあの子達に・・・会えないの・・・・?


彼女はハッとして通りで突然立ち止まった。そのお陰で後ろを歩いていた男が彼女にぶつかり、
チッと舌打ちをして彼女を追い越して行く。
仕事を失った。男を失った。
でもそれ以上に彼女の心を打ちのめしたのは愛するあの子達にもう会えない、その事実だった。
途端にまた目の前が真っ暗になり、息苦しさが彼女を襲った。
でもこんなところで立ち止まってなんかいられない、しっかりしなきゃ。
何とか気持ちを奮い立たせて顔を上げた、その目の前に、そのカフェがあった。
何故そうしたのかは解らない。どうしてだか、その店に呼ばれたような気がしたのだ。
いや、入らなければならないとさえ感じる。
気付けば彼女はふらふらと引き寄せられるようにしてその店の扉を開いていた。



ざっと見回した小さな店内のテーブル席は全て埋まっていた。
雑然とした空気に一気に眩暈が加速したように感じる。彼女は何とか辿り着いたカウンターにもたれるように、
どさっと倒れ込んだ。
「おっと!」――勢い余ってカウンター・スツールから転げ落ちそうになる彼女に伸ばされた腕。隣の席に座る男だ。

「大丈夫かい?」

その男の声が直ぐ傍で耳に入った。大丈夫?と声を掛けてくれたのは今日これで何人目かしら。

「・・・・・・せて・・・」
「何だって?」
「・・・にか・・・食べさせて・・・」
「!?」
「・・・・・」

再びカウンターにどさっと伏せたまま動かない彼女を訝しげに見つめていた男は、
やれやれ、といった顔で彼女から視線を上げ、カウンターの中へと向き直った。

「・・・トム、こちらのお嬢さん、餓死する寸前みたいだけど。急いで何か作ってやったら」
「そりゃ大変だ。待ってな、お嬢さん」

彼女は自分で自分の口から吐いて出た言葉に驚いていた。
そう言えばお昼も食べずに歩き続けていたんだった。
口にしたものと言えばポールの淹れてくれたカプチーノだけ。
セントラル・パークからベティのサロンまで20分以上歩き、サロンからここまではその倍以上歩いている。
オープンキッチンから漂う美味しそうな匂いに漸く彼女は空腹で目が回りそうだったのだと知った。
いい匂いに誘われるように顔を上げると、隣で身体を支えてくれたその男と目が合った。

「・・・大丈夫?」

再び訝しげに大丈夫?と声をかけられ、途端に気恥ずかしくなってラムカは俯いた。

「・・・ええ、助かったわ。ありがとう」
「・・・飲むかい?きっと落ち着く」

男は返事をする代わりのように、手にしていたワイングラスをすっと滑らせるように彼女の目の前に差し出した。
怪訝な顔をする彼女にその男は、いいから飲んで、と再びそれを促す仕種を見せた。
昼間からワインなんて・・・そう思いながらも何故だかその男には抗えないものを感じる。
気付けば彼女は勧められるままにそのグラスを手にし、赤い液体を口に含んでいた。
グラスの縁から鼻に抜ける、少しつんとしたアルコール臭を含む芳香と、飲み込んだ後からふわっと口内と鼻腔に
広がる、格段に深くて好ましい芳醇な香り。

「・・・美味しい・・・」

思わず彼女は相好を崩して隣の男を見上げた。
そのたったひと口が身体中に沁み渡るような気さえする。
口許を手で覆うようにしてカウンターに肩肘を付き、その様子を見守っていた男が満足そうに、そうだろ?、という表情を見せた。

もっと飲んで、という仕種をした後で、男は突然、はっと何かを思い出したように唖然とした顔で、ゆっくりと彼女の顔を見つめ返した。

「・・・なに・・・?」
「・・・まさか、な・・・」
「・・・??」

ふっと笑って小さく首を横に振る男に向い、今度は彼女が訝しげな視線を向けた。
男は立ち上がると、ジーンズのポケットから紙幣を出してカウンターの上に置いた。

「・・・ゆっくりしていくといい・・・シェリー」
「―――!?」
「じゃ。 ―――トム、またな」
「もう行くのか?ショーン」

ゆっくりしていけよ――そう言いたげな顔で見送るトムに片手を上げ、
男は、驚いた顔で瞳を見開いたままのラムカを振り返りながら店の扉を押して出て行った。



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Magnet 2.「 Sean 」

 
 Magnet 2.  
「 Sean 」-ショーン-

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すべての人間の一生は、神の手によって書かれた童話に過ぎない。

――― アンデルセン ―――



義理を欠く訳にいかず、渋々顔を出した気の進まないパーティー。
そのクラブのトイレットの壁にそう落書きがあった。
見るに耐えない、くだらない落書きだらけの中にあって、ひときわ異彩を放つその言葉につい目を留めてしまったのだろうか。
そうかい、そりゃいいこと聞いたぜ、このくそったれ!―― 落書きに感謝の中指を立て、男は其処を後にした。

狭い廊下にはトイレットの個室が空くのを待っている数組の男女がいちゃついていた。目的は明らかだ。
彼らを避けながら何とかフロアーに戻ると、今度はついさっきまで彼が陣取っていた筈のソファー席を奪った見知らぬ一組の男女が、今にも事をおっ始めそうな勢いで熱いキスを交わしている。
やれやれ、と目を逸らせば、今度は向こうの壁際で、男を巡っての cat fight が幕を開けようとしている。
どいつもこいつも繁殖期のサイクルの乱れた、年中おかまいなしに発情した動物ばかりでウンザリする。
――当然、自分も含まれるのだが。

顔馴染みの女がひとり、ふたりとなく、「ねえ、またファックしようよ」としな垂れかかって来るのも鬱陶しい。
何を勘違いしたか、一度寝ただけで"Fuck buddy"を気取り、挨拶代わりに図々しく唇を重ねてくる女などは最悪だ。
彼女らが唇に残していく、やたらとベタベタしたリップ・グロスとやらが不快感を一気に煽り、彼に毎回舌打ちをさせた。
うんざりとした顔でそれを拭い、誰が二度とお前なんかと寝るか、と心の中で悪態を吐く。


だがそんな彼自身、本来ならば彼らのように刹那の快楽に身を投じることも厭わない種類の人間だった筈だが、
それがどういうわけか今夜は様子が違った。
やけに苛々するし、人と話をするのも苦痛だった。
此処で目にするもの、何もかもが、虚しく憐れに感じられるのだ。

時間の無駄だ――― 男はそのパーティーのホストに別れを告げるためにその姿を探した。





やっとのことでくだらないパーティーを抜け出すことに成功した男は家までの道のりを歩くことにした。
ここソーホーからウエスト・ヴィレッジまでなら徒歩圏内だし、いい気分転換にもなるだろう。
排気ガスだらけの街の空気ですら、あのクラブに漂う澱んだ空気に比べればずっとマシだ。
彼は外気を思い切り吸い込んで、ふうーっと大きく吐き出した。

何でこんなに苛々しているのか―――自分でもその理由がさっぱり解らないことが余計に腹立たしい。
立ち消えになった仕事の所為か、お陰で渋々引き受けざるを得なかった気の乗らない新しい仕事の所為か、
それとも、フィルの奴に打診された例の件か、それとも――― あの落書きの所為か。
ふっとそう思いつき、思わずふん、と鼻を鳴らした。

俺たちの人生は神が書いた童話だって?ふざけていやがる。
突然の悲劇も死も、何もかも、全ては神がお遊びで書いた童話だって言うのか?
神が書いた童話の通りの人生なら、何故、人は悔い改めなけりゃならない?



・・・ふん、どうだっていいさ。どうせあの日以来、神なんぞこれっぽっちも信じちゃいない。
いつものように鼻を鳴らして自分にそう言い聞かせた男は、信号待ちの間、何の気なしに周りを見渡し、
ふっと向い側で同じように信号待ちをしている男女に何気なく目を留めた。
何処かで見た女だな――― そう思ったものの、彼はそれ以上思い出そうとすることをやめた。
どうせ過去に寝た女か、或いは店の常連客だった女か――つまり、どのみち、
過去に寝た女だろうということだ。


信号が青に変わり、男は少しずつ近付くその女の顔をちら、と見て漸く腑に落ちた。
やはり過去に寝た女だったから、では無い。昼間、トムの店で出会った女を思い出したからだ。
昼間の彼女を思わせる黒い髪とエキゾチックな風貌を振り返るようにして立ち止まり、男は一瞬考えて、
来た道を再び戻り始めた。
女を追いかける為ではなく、ノリータにあるトムの店に向う為だ。




閉店間際の店内に客は殆ど見当たらなかった。常連の老人が窓際で独り外を眺めながら、いつものように
スコッチを飲んでいるだけだ。
「もうお終いだよ」――ドアベルに向ってそう声を掛けた店の主は、男の顔を見て「何だ、お前か」と笑った。
「悪いな」

そう言ってすまなそうに笑いながらカウンターに腰掛けると、直ぐにボンベイ・サファイアが男の目の前に
差し出された。 いつものように、切ったライムで縁をひと撫でさせたショットグラスに、冷凍庫でよく冷やされたそれを
注いだだけのものだ。
礼の代わりにグラスを高く掲げ、男はライムの香りで鼻腔を満たしてからそれをひと口舐め、ふうっと大きく
息を吐いた。

「今夜は決めこんでるな、ショーン。デートの帰りか?」
「ふん、下らんパーティーの帰りさ」
「何だ、珍しく女に逃げられて愚痴を吐きに寄ったのか」

ふん、と笑って鼻を鳴らし、男はジンをもうひと口飲んで、ふっとカウンターの隣の席へと視線を落とした。



今日此処に、本当に "ミス・シェリー " が現れた。
彼女が本当に " シェリー " なのかどうか確認こそしなかったが、彼女のあの驚きようから言って間違いはないだろう。
想像していた女とはまるで違っていた。いや、本当に出会うと信じていた訳ではないのだが、" シェリー " と聞いて
真っ先に浮かんだのは、さっきのクラブにひしめいていたような、彼が良く知る類の女だったのだ。
いや、そういう類の女としかここのところ関わっていないから、それ以外の種類の女が生息していたことをどうやら
忘れていたらしい。

「そうだ、ショーン、昼間の餓死寸前の彼女だけど――」

ちょうど彼女のことを考えている時にトムがそう言い出したので、彼は一瞬心を読まれたのかと内心焦った。
何しろここ数日、不思議な出来事が続いていたのだから無理もない。

「――知り合いじゃなかったのか? 帰り際、お前の名前を訊いて帰ったぜ。礼を言っといてくれ、だってさ」
「・・・あ、そう」
「俺の店でまでナンパするなよ、この女たらし」
「ああ? それより、今度またそんな女が現れたら、J.クルーニー(ジョージ・クルーニー)って言っとけ」

馬鹿馬鹿しい、というふうに手を振って、トムは店仕舞いの作業に戻った。
お前に説明したって信じて貰えないだろうな・・・そんなことを思いながら彼は再びグラスを傾けた。
俺自身、いまだに信じられないでいるんだから―――




―――" ちかいうちに君は、ミス・シェリーと出会うんだよ "―――


あれは数日前のことだ。
幼馴染のフィリップという男に頼まれ、彼の家で平日の夕食を作るという仕事を渋々承諾した、その初めての訪問の日。
初めて使う他人の家のキッチンで、オーヴンの調子や火力のチェック、パントリー(食品庫)や調理機材の確認などを一通り済ませた頃、フィリップの息子が興味深そうにキッチンに入ってきた。
「やあ」と声を掛けるショーンに、その子がいきなりそう言ったのだ。
子供の言う突拍子も無い言葉など真に受ける訳もなく、からかい半分で「へえ、そうかい。そりゃ楽しみだ。そのミス・シェリーとやらは美人かい?」
そう冗談で聞き返した彼に、その子供は真面目な顔でこう言った。

「知らない。僕もまだ出会っていないんだ。君のほうが先かもしれないね」

変てこなガキだな――そう怪訝な顔をする彼に向い、その子供が今度は微笑んでこう言った。

「出会ったらすぐにわかるはずだよ。彼女はとつぜん、君の前に "まい落ちる " はずだから」と―――


シェリーか・・・・
そう言えば・・・ミドル・スクールでそんな名前の子に告白されたっけな・・・


「―― なあ、トム・・・」
「あぁ!?」
「・・・・・いや、何でもない」

"俺の名を尋ねた彼女は『シェリー』と名乗っていなかったか? " ―― そう訊こうとしてやめた。
気にせず仕事を続けてくれ、と仕草で伝え、ショーンは再び隣の席を見下ろした。
あの子の言う通り、" シェリー " という名の女に確かにここで出会った。 
" シェリー " だという確証はないが。

だがそれが一体何だと言うのだ?
あれが出会いだと言うのなら、毎日のように誰かと何処かで出会っている。あのくだらないパーティーでも沢山の人間と出会ったし、あの女たちの中にシェリーという名がいたかもしれないじゃないか。
変テコなガキの言うお遊びに振り回されただけか。
馬鹿馬鹿しい、とばかりに鼻を鳴らし、残りのジンをくい、と飲み干した時に携帯電話にメールが届いた。
イネスからだ。
"今夜、どう? " ――― いつもどおりの、たったそれだけの文面。
今夜はこのまま帰ってゆっくり寝ようと思っていたのだが――



「――― 行くよ、トム」
「何だ?来たばっかりじゃないか」

彼が携帯電話をポケットに仕舞うのを見て、トムがニヤリ、と片目を瞑った。

「ブーティー・コールか。God damn it!(ちきしょう!)さっさと出てけ、このlover boy!(色男)」

友人の悪態に笑い、大目の金をテーブルに置いて、ショーンは窓際の老人にいつものように瞳で挨拶をして
トムの店を後にした。







「――― どうしたの、お洒落しちゃって。もしかしてデートだった?」

開かれたドアの向こうに立つ女が、からかいを含んだ声で彼を出迎える。
いつものように挨拶のキスも無し、ハグも無し。
だがそれは彼らふたりの間では『礼儀』であり、相手に対する『敬意』の表れでもあった。

「それなら来ないよ」
「どうかしら。振られた腹いせに寄ったかもしれないじゃない?」

ふん、と鼻を鳴らして女の後に続く。
シャワーを浴びたばかりなのだろう。好ましい残り香がさっきまでの苛々とした気持ちを和らげるようだった。
料理など殆どしない女には不相応な、立派すぎるキッチン。
そこを通り過ぎる度に軽いジェラシーのような気持ちを覚える。
だからといって彼好みのキッチンという訳では決してないのだが。


彼はジャケットを脱いで適当にソファの上に投げ、外した腕時計を壁際のコンソール・テーブルの上に置いた。
どうぞ、と声がして振り返ると、差し出されたグラスには赤い液体が注がれている。
それを目にした瞬間、昼間の出来事が甦り、シェリー・・・かどうかは解らないが、「美味しい」と笑った彼女の顔が
ふっと浮かんだ。
何故か心がざわつくのを感じ、それを払拭するように、彼は目の前の女へと視線を戻す。
深紅のシルクのローブから覗く豊満な胸元。十分に手入れの行き届いた素肌から漂う妖艶な香り。
慣れ親しんだそれを目にし、どことなくホッとしたような思いで彼は言葉を返した。

「あんたこそ。土曜の夜に俺を呼び出すなんて。さては男に逃げられた?」
「ふふ・・・」

軽くグラスをぶつけ合い、互いににやりと笑ってそれを味わう。
いいワインだ、そう言おうとすると、先に女が言葉を発した。

「言っておくけど、逃げられたんじゃないわよ。棄てて来たの」
「?」
「だって今日の坊や、可愛いばっかりで全然満足させてくれないんだもの」

ヒュー、と口笛を吹く彼に向い、女がにまり、と笑う。

「それであんたに会いたくなった、ってわけ。 いいえ、最初からあんたを誘うべきだったわ」
「・・・そう。それは光栄だね」――― そう薄く笑って、彼は赤い液体を再び舌の上に流し込んだ。


さっきのボンベイ・サファイアが今頃になって効いてきたのだろうか。急に視界がぐらぐらと回り始めた。
どういうわけか、目の前に居た筈の女は消え失せ、そこには昼間の彼女が立っている。
いつここにミス・シェリーが? ・・・ああ、俺は一体何を?

「――でも土曜日だし、まさかこんなに直ぐ来るとは思わなかったわ・・・・・そうだ、お腹空いてる?」

振り返ろうとした女を後ろから抱き締め、男は白い首筋に唇を這わせ始めた。

「・・・ああ、飢えてる・・・」
「もう・・・相変わらずせっかちね」

女の手からグラスを奪い、ひと口その赤い酒を含んだ男が、口移しにそれを女の唇へ注ぎ入れる。

「んん・・・ふふ・・・」

芳醇な味のキスを交わしながら、グラスの中の液体と同じ色に塗られた指先が、男のシャツのボタンを
慣れた手つきで外していった。



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Magnet 3.「 Betty 」



 Magnet 3.  
「 Betty 」-ベティ-

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許すということの甘美さを知らぬ愛は、愛ではない。

――― ホイッチャー ―――




「――― お待ちしておりました、ミス・ベネット。お荷物は此方へどうぞ ――― 」

予約きっかりにミス・ベネットが来店した。
先にヘア・アレンジをし、その合間のネイル、という予定だ。
予め聞いてあった要望はシンプルで大人しめのベージュ系のフレンチで、という話だったが、
ミス・ベネットのメイクや着ているドレスを見たイメージでは、もう少し華やかな色の方が似合いそうな気がした。
取りあえず候補の色のネイルを数十本と幾つかのサンプルを用意し、頭の中で幾つかのイメージを膨らませる。
それはベティが一番好きな時間だった。あれやこれやと浮かぶアイデアをざっとスケッチし、客の要望を聞き入れながら浮かんだアイデアを提案し、それが形になる瞬間、至福の喜びを感じるのだ。

勿論、基本的に客の希望を叶えることが大前提であり、無理やりこちらの意見や提案を押し付けることはしない。
それに客も急いでいたり、確固たる好みがあるなど、アイデアを全く聞き入れても貰えないことも多い。
だがこの街には冒険心に溢れた女性が多く、此方が驚くような注文をされることもある。
思わず「それはご勘弁を」と断らざるを得ないセクシャルなモティーフのネイル・アートを頼まれることもあったくらいだ。


そして目の前の、カーラーを巻いた姿のミス・ベネットはそのどちらでもない女性だった。
つまり、素直にやり甲斐を持たせてくれる客だ。 
聞けば夕方からパーティーなのだが、ホスト側のアシスタントをしているので奇抜なものは避けたいと言う。
だがどうしてもベージュ系のフレンチに拘っている訳でもないらしく、もう少し華やかな色を、と言うベティの提案を
嬉しそうに受け入れてくれた。
明らかに高揚している雰囲気が伝わり、ベティも何だか楽しくなった。
女性がお洒落や美しくなることを楽しもう、とウキウキとする様子は自分もパワーを貰える気がするのだ。
そしていよいよ何度もボスに訴えて漸く導入して貰えたLEDプレスト・ジェルの出番だ。
それを施すのは初めてだ、と言う客が、たった5秒で硬化することにびっくりする時の快感と言ったら!
ミス・ベネットもその期待を裏切らず、何度も指先を触っては「信じられない!」と感嘆の声を上げていた。
ミス・ベネットが再びヘア・アレンジに戻った後は、テーブルの上を片付け、椅子や床の清掃をして
次の客を迎える準備をする。

やがて全てが整った頃、店の扉が開いたので目を向けると、其処には客ではなく6歳くらいの男の子が
顔を覗かせていた。
受付のモニカは席を外しており、また入り口の扉はベティのネイル・コーナーの直ぐ傍にあったので、
ベティが席を立った。

「こんにちは、坊や。ママを探しに来たのかな?」
「ううん、ミス・ベネットを迎えに来たの」
「あなたが?エスコートにはまだ早すぎるみたいだけど・・・」

ベティは笑ってその子供を店に迎え入れた。

「お向かいのカフェで待ってたの。ミスター・アンダーソンと一緒にね」

ミスター・アンダーソンとは、子供の後ろに立っているサングラス姿の男のことらしい。
ハンサムそうな男に見えるのだが、サングラスのせいで顔はわからず、結構な威圧感だ。
ボディー・ガードか何かだろうか? ・・・とすると、この子はセレブリティの子供なのかもしれない。

「そう。待ちくたびれてお迎えに来たのね。でもね、ジェントルマンはレディがドレス・アップする様子を
途中で覗いたりしちゃ駄目なのよ。 だから此処に座っていい子にして待っていてね、ミスター・・・」
「――レイだよ」
「―――!?」

レイ、ですって――!?
この子はまさか・・・さっきラムカが話していた子・・・!?
ベティは驚いて言葉を失い、あわあわとしながら笑顔を取り繕った。
そんな彼女を不思議そうに見上げる少年の瞳。
その瞳に吸い込まれてしまいそうな気がして、ベティは思わず瞳を逸らし、逃げるようにして自分の持ち場へと戻った。

「ミスター・アンダーソン、君もすわりなよ。そんなところでつったっていたら、みんながこわがってしまうよ?」

男はサングラスを外して渋々ソファに腰を下ろし、居心地の悪そうな顔で店内を見回し始めた。
その時彼のポケットの携帯電話が鳴った。
それに救われた、とばかりに電話に出るために店の外へ出て行く男を見送り、レイという少年はソファを降りると、ベティの目の前の椅子によっこいしょ、と登るようにして座った。

「・・・なあに?あなたも爪、塗りたいの?」
「――ねえ!まさか今日、君にも会えるなんて思いもしなかったよ、ミス・ベティ」
「え!?」

突然のことにベティは驚き、テーブル上に『 Betty 』と書かれたネームプレートなんか立ててたっけ?と咄嗟にそれを探した。
やはりそんなものはテーブルに立ててなんかいない。
不思議に思い、少年の顔を訝しげに見つめ返すと、少年はにっこりと笑って椅子の上に膝立ちするように座りなおし、身を乗り出すようにして彼女のテーブルの上に両肘を付いた。

「きょうこれで3人目だよ!いっぺんに会えるなんてすごいことだよね?」
「?」
「あのね、君にも言っておかなければならないことがあるんだ」
「???」
「ほんとうにたいせつなひとは君のすぐそばにいるんだって」
「What!?」
「ざんねんながら、それがだれかってことまでは僕にはわからないんだけど。ごめんね」
「・・・はぁ・・・そう・・・」
「あっ!ミス・ベネット!!」

全ての「工程」を終え、すっかり別人のようになったミス・ベネットの傍へ駆け寄る少年を
ベティは唖然と見送ることしか出来なかった。

「じゃあまたね、ベティ!」
「また今度もあなたにお願いするわ、ベティ!」

ふたりの嬉しそうな笑顔に引きつるような笑みを浮かべて見送り、ベティは腰が抜けたようにふらふらとソファに
座り込んでしまった。

信じられない・・・ラムカの話は本当だったってわけ!?
いや、違う、そんなことじゃなくて、えっと、なんであたしの名前とか、知ってるわけ!?
大切な人はすぐ傍にいる?どういうこと?何?何?あの子は一体、何者なの??

突如、目の前に現れ、訳の解らない予言めいたことを言い出した子供。
余りこういうことを信じないタイプの人間なだけに、彼女には衝撃が大きかったようだ。
ミシェルに報告しなくちゃ、とハッと思い出したように彼の姿を目で追ったが、彼はちょうど今、
ヘアカットの仕上げの真っ最中だ。
彼女は頭が混乱して、だんだん気分が悪くなってきた。頭痛もするし、何だか吐き気までする。
この後は予約も入っていないし、第一、こんな混乱した頭で集中力のいる仕事なんてきっと出来っこない。

彼女は別のネイリスト仲間であるエミに後を任せ、その日はそこまでにして早い時間に帰ることにした。






その後マーケットで買い物をし、彼女がクィーンズのアパートメントに帰り着いたのは、夕方の5時を
少し回った頃だった。
そしてバッグから取り出した鍵を差し込もうとドアノブに触れると、まるで誰かが引っ張るようにすうっとドアが
内側に動いた。
こんな時間にハリーが戻って来たのかしら、という考えが一瞬脳裏をよぎったが、彼女は直ぐにその考えを
打ち消した。
ここのところ新しいプロジェクトにかかりっきりのハリーは残業続きの毎日を送っていたからだ。
まさか・・・!空き巣じゃないわよね!!?――そしてそういう飛躍した思考へと発展した彼女は恐る恐る
ドアの隙間から手を伸ばし、玄関の扉を開いて直ぐの場所に立て掛けてあるハリーのバットを手に持ち、
そろり、と家の中へ足を踏み入れて―――
そして直ぐに鍵の外されていた理由を覚った。

まずはハリーのジャケットにシャツ、そして女物のジャケットにカットソー(どちらも決して彼女の趣味ではない)、
そして彼のTシャツ・・・・・・道標(しるべ)にお菓子を落としながら歩いたヘンゼルとグレーテルのように、
彼女がそれらを順番通りに辿って行くまでも無かった。
ベッドルームからの凄まじい声がここまで聞こえていたからだ。

「Oh・・・God・・・」

目の前が真っ暗になり、彼女は頭を抱えてはぁーっと大きく息を吐いた。
そして次第に燃え盛る焚き火の炎のように、めらめらとこみ上げる怒り。
次の瞬間、彼女はバットを振り回してベッドルームへと突進して行った。


「――Get the fuck out! Bitch!」 ――出ていきな!クソ女!!――









―――「ちょっと!ボトル隠してないでもっと飲ませなさいよ!ミシェル!!」
「No! もう駄目よ、ベティ!」
「あんたまでそんなこと言うの? もういい!誰もあたしのことなんか構ってくれなくていいよ!もう帰って!!」
「・・・・ここ、私んちなんだけど・・・」
「いいから帰れー!」
「もうー、ほんっと酒癖悪いんだから・・・」

口を尖らせるラムカにそれ以上言っちゃ駄目、というふうに首を振って、ミシェルはベティの手からグラスを取って
テーブルに置いた。

「おいで、ベティ」
「う・・・」

泣き出したベティの肩をミシェルが優しく抱き寄せる。

「ベティ、ハニー、知っての通り、僕もキースに新しい男が出来たと知った時はそりゃあ絶望したよ。
・・・まだ彼を愛してるし、今でも辛いけど・・・でも、彼を憎んでやしないよ。とっても感謝してる。
彼と過ごした日々は・・・本当に素晴らしかったから」
「・・・・あんたはキースの浮気現場を見たわけじゃないでしょ」

今の彼女には何の慰めにもならない、というふうにラムカが溜息を吐いた。

「・・・ミシェル・・・」
「うん?」
「いつも意地悪言ってごめん」
「ベティ?」
「あんたが男ならよかったのに」
「男だよ?」
「男?男だったの!?初耳だわ」
「・・・生物学上ね」

ああ、まただ・・・・
ラムカはうんざりした顔でベティが飲んでいたグラスの酒を一気にあおった。
何度浮気されても結局はハリーを許してしまうくせに。
こうやってあの馬鹿男に浮気される度に、酒を浴びるように飲んでわめいて大騒ぎして。
ああ、ハリーの馬鹿!何故よりによって今日なの!?今日は私が 『 悲しみの女王 』 の座を射止めた筈だったのに!
もう散々だ。朝から色んなことがありすぎて・・・こんなに身も心も疲れきっているのに、
慰めてくれる筈の親友を反対に慰めなきゃならないなんて。
それもこれもみんな、ハリーの馬鹿が悪い。いや、あいつらみんなが悪い!

「――セント・ジョンの理事長もあんたたちのボスも、レイもハリーもキースもショーンも、
男なんてみんな、この世から消えちまえーっ!!!」――― そう叫んでラムカはまた酒をあおった。
「ショーン? ショーンって誰よ?」
「あのさ、ラムカ、君まで酔い潰れると僕はとっても困るんだけど。ひとりでふたりの世話は無理だよ」
「何よ、スリー・サム(3P)、経験あるくせに」
「ヘイ!」

今ベティの前でセックスの話題を振るなんて!ミシェルがそう非難するような目を向けた。
当のベティはげらげらと笑ってるってのに。

「大体ね、あの子がいけないのよ!突然現れて訳わかんないこと言うから」
「そうだ!あのチビのせいだー!」

意見の一致を見て右手を叩き合った酔っ払い女ふたりを前に、はぁ、とミシェルが溜息を吐いて首を振った。

「・・・これだから女は嫌いだ」
「あはっ、じゃあ寝てみるー?」
「うわっ!やめてっ、ベティ!」

Go ahead!(やっちまえ!)
そう言ってラムカは仰け反るように笑い、そのままひっくり返るようにして床にぱたり、と力尽きた。






く、苦しい・・・・!
喉の上に乗った腕を引き剥がし、上体を起こして見てみれば、それはミシェルの腕だった。
ぎょっとして服を確認すると、自分もミシェルもちゃんと服を着たままだ。
ベティはホッとした顔で起き上がった。
テーブルの反対側の床にはラムカが死んだように眠っている。
ずきん、と鳴った頭を抱え、取りあえずぱんぱんに張った膀胱に溜まっている、昨夜の酒の成れの果てを
排出するためにバスルームへ向った。
それから勝手にバスルームの戸棚を漁り、ラムカがストックしてあった新しい歯ブラシを見つけ、それで歯を磨いた。
あ、そう言えばあたし用の歯ブラシがあったんだっけ、と思い出した時には既に歯磨きを終えていたのだが。

それから勝手にコーヒー・メイカーのスウィッチを入れ、お腹空いたよ、と足元に擦り寄るデーヴィーに
ラムカの代わりに餌をやった。
それから狭いキッチンの椅子に膝を立てて座り、適当に向こうの部屋から持ってきた雑誌をぱらぱらとめくっていた時にその言葉を見つけたのだ。

『許すということの甘美さを知らぬ愛は、愛ではない』―――

God・・・!冗談じゃないわ。それならあたしは愛を知り尽くしてることになるじゃない。
許すにも限度ってものがある。一体何度許せばいいのだろう?
これでハリーがあたしを裏切ったのは何度目!?
何故あたしは何度もあんな奴を許してしまうの!?―――いいえ、今度こそNo!よ。絶対に許さない!
よりによってアイツったら、あたし達ふたりのベッドの上で他の女とあんなことしてたんだから・・・!!
ハリーの間抜けな顔を思い出しただけで情け無さにまた怒りがこみ上げた。
あんな早い時間に帰ったりしなければあんな場面に遭遇することもなかったのに。
そう後悔しては、いいえ、そのお陰で奴の浮気を知ることが出来たのよ、と思い直す。その繰り返しだった。

今にして思えば、何故あの時、「帰ろう」なんて思ったのか・・・自分でもよく解らないのだった。
確かに急激に気分が悪くなってしまったけど、それ以前に「帰らなくちゃ」、という思いに突き動かされたと
言えばいいだろうか。
あれは胸騒ぎだったのか・・・或いは予感めいたものだったのか・・・
とにかく彼女は普段取らない行動を取った。そして恋人の浮気現場に遭遇してしまったのだ。
やっぱり何度考えてもそれが良かったのか悪かったのか・・・よく解らないでいる。
はぁ、と溜息を吐き、そこで漸く出来上がったコーヒーを口にしたのだったが――― ラムカ、不味いよ、これ。
・・・ああ、ポールのカプチーノが恋しい。


「ちょっと、もう行っちゃうの?」――餌を食べ終え、横を素通りしようとするデーヴィーを捕まえて抱き上げた。
ふわふわしたものを抱き締めると、その瞬間だけは心が安らぐのを感じられる。
Umm・・・デーヴィー!―― まるで恋人にそうしていたみたいに、そのふわふわした体を揺らすように
ぎゅうっと抱きしめてみる。

「・・・ね、あんたは好きな男とか、いないの? 教えなさいよ」

彼女はそう言ってデーヴィーの喉元をこちょこちょ、と撫でた。
ところが、無理やり抱き上げられたデーヴィーはそれを嫌がり、ふぎゃん、と鳴くと、逃げるようにベティの胸から
床に降りた。
Damn! お腹空いたと甘えてきたくせに、お腹いっぱいになった途端にこれだもの。

「何さ!あんたもあの馬鹿男と一緒ってわけ?」

都合のいい時ばっか甘えちゃってさ――彼女はしゃなり、しゃなり、と優雅に歩くデーヴィーの背に向って
悪態を吐いた。


『ほんとうに大切な人はすぐそばにいる』――あの不思議な子供の言った一言がその時ふいっと脳裏に浮かんだ。
大切な人? 一体誰だって言うのよ? 店のボンクラども? 唯一まともなミシェル? 
・・・それは有り得ないでしょ。
でもまさか・・・ゆうべミシェルとやっちゃった、なんてこと・・・ないわよね・・・? 
服、着てたし、彼、バイ・セクシュアルじゃないし。

え・・・? 

まさか―――ラムカ!?


彼女は自分で自分の思いつきにコーヒーを噴いた。



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Magnet 4.「 Paul 」


 Magnet 4.  
「 Paul 」-ポール-

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世の中には幸福も不幸もない。
ただ、考え方でどうにでもなるのだ。

――― シェークスピア ―――



今朝のウェブ・ニュースで届いた「世界の名言」は、彼が幼い頃から父親に言い聞かされていた馴染み深い言葉だった。
「It's my favorite!」 彼は思わずそう小さく呟いて、苦虫を噛み潰したような顔でコーヒーを啜った。

お気に入りの言葉なのにそんな表情を浮かべたのには訳がある。
毎日他人の為に美味いコーヒーを淹れ続ける彼が毎朝自分の為に淹れるコーヒーは、比べ物に、いや、話にならないほど酷い味のものだったからだ。
時にはコーヒーというよりも木の粉のような匂いがする。
もはやそれはコーヒーとは呼べない。木の粉のジュースだ。

それは何故かと言えば、旬を過ぎて酸化してしまい売り物にならなくなってしまったコーヒーを、捨てるくらいならと
引き取ってくるのだ。 
そんなことをしなくても一般客の3割引きで商品のコーヒー豆を買うことだって出来る身なのに、彼にはコーヒー豆を
捨てる、ということがどうしても出来ない。
販売期限近くなると店頭でセール品として売りに出され、それでも誰にも振り向いても貰えなかった"行き遅れ " の
コーヒーたちをワゴンの中に見つけると、はあ、と溜息が出てしまう。
そしてそれらをひょいと拾い上げては「うちに来るかい?」と声を掛け、それを買って帰るのだ。
この頃はマダムが「いいから持ってお帰り」とそれを無料(ただ)にしてくれるようになった。
そんな彼を「コーヒー馬鹿」だの「可哀想な奴」だのと職場の仲間たちは馬鹿にして笑うが、彼は少しも気に留めない。
美味いコーヒーなら職場で幾らでも飲むことが出来るのだし、それより何より、貧しい国のコーヒー農家の人々が、
それこそコーヒー豆の如く身を粉にして栽培しているものを、売れ残ったからと言って簡単に捨てるなんて彼には
出来ないのだ。

いや、本当ならば古いものは容赦なく廃棄して、どんどん新しいものを買ってあげたほうがコーヒー農家の収入のためには良いのかもしれない、とは思う。
でも、もしも自分が生産農家なら、出来れば捨てて欲しくない、と思うことだろう。
そんな訳で、今朝も酷い味のコーヒーを飲みながらコンピューターの画面に目を通しているのだった。
そして届いた馴染み深い言葉。父の深く優しい声が耳元で甦るような気がして、彼の口元に笑みが浮かぶ。
きっと今日も良い一日になるだろう。
根拠のない希望ではあったが、そう願いながら彼はコンピューターの電源を落とした。




そして早めの出勤のためにアパートメントの外へ出た彼は、伸びをしながら土曜の朝の空気を思い切り吸い込んだ。
快晴でとても気持ちの良い朝だ。やはり良い一日に違いない。
彼は自分にそう言い聞かせ、見上げた空から視線を戻した。
すると、まだまだコートが必要な季節だと言うのに、薄着の、というより、寝巻きのままの老女が彼の目の前を通り過ぎた。
まるで想像した通りの幽霊みたいな、青白く虚ろな表情でとぼとぼと歩くその老女に思わず目が釘付けになった。

「ミセス・バレット!?」
「・・・・・」

気付かずに相変わらずとぼとぼと歩き続ける老女を追いかけ、ポールはその肩を掴んだ。

「ミセス・バレット!」
「はあ? おや、" ジョン "じゃないか。もう学校に行く時間かい?気を付けて行っておいで」
「Oh! No,no,no! "マム "、何処へ行くの?家はこっちだよ。帰ろう、さあ」
「・・・家?」

怪訝な顔をして辺りをきょろきょろと見回して混乱したように頭に手を当てるミセス・バレットの肩を優しく抱き寄せて
手を取り、ポールはアパートメントの方へとミセス・バレットを誘(いざな)うようにゆっくりと歩き出した。

「Oh my goodness! こんなに冷え切って・・・風邪をひくよ? そうだ、温かいスープを作ってあげるよ。
足元に気をつけて。そう、ゆっくり、ゆっくり・・・」


朝から 『 徘徊 』 中のミセス・バレットを彼女の部屋まで送り、急いで自室の戸棚から取ってきたインスタントの
ポタージュを作ってミセス・バレットに飲ませ、学校に行くね、と言って彼女に別れを告げた。
道路から見上げると、2階の窓からミセス・バレットが手を振っている。彼はいつものように、そして当たり前のように「バイ、マム」と手を振り返して愛車であるヴェスパのエンジンをかけた。

ポールが彼女の亡くなった息子 、" ジョン " になってからどれくらい経つだろう。
ミセス・バレットの朝の 『 徘徊 』 が始まってからだから・・・かれこれ4、5ヶ月になろうというところだろうか。
始めは時々だった "ジョン " の振りも、ここ最近ぐっと回数が増えた。
時々面倒を見に来ていた筈の彼女の娘も最近は余り見かけないようだ。
また警察に保護でもされたら大変だ。今度こそ何処かの施設に強制的に入れられてしまうだろう。
本当ならその方が彼女にとっても家族にとっても安心出来るのに違いないとは思う。
でも以前、まともな意識のある時に、そんな処へ行ったらきっと、今以上に誰も会いに来てくれやしない、と泣いていた彼女の顔を思い出すと胸が詰まる。
大家に言ってまた娘に様子を見に来てもらわなければ。
今朝のところは見つけたのが自分で良かった・・・とホッとしながら彼はミッド・ノースのカフェまでヴェスパを走らせた。






仕事中、彼はカフェの窓から向かいのサロンへ、一日に何度も暇さえあれば視線を向けている。
赤毛のボブカットの彼女が髪を揺らしてこちらを向いてくれるのを待っている時もあれば、彼女の方が
彼が気付いてくれるのを待っている時もある。
と言っても残念ながら恋に落ちている恋人同士の、仕事中のふたりだけの秘密、という訳では決してない。
つまり、こういうことだ。ベティが天に向けて右手の人差し指を一本立てればカプチーノ一杯、ピースサインなら二杯、右手で一本、左手で一本なら、カプチーノとブラック・コーヒーを一杯ずつ。
右手で一本、左手で二本なら、カプチーノが一杯にブラックコーヒーが二杯・・・と言っても、それ以上の複雑な
組み合わせの際、彼女は電話をくれるのだが、彼はこうして窓ガラス越しに彼女とコーヒーの注文を巡ってやり取り
するのがほぼ毎日の楽しみになっている。
電話で注文されると、何だか一日の楽しみを奪われたような気になって、少しだけガッカリする。
電話で聞く彼女の声も会話自体も、それはそれで心が浮き立つのだが。

そしてその日、彼女が立てたのは、右手の指三本だった。




「Hey、ポール!」――配達から戻るなり、彼は仕事仲間のジェームズにシャツの裾を引っ張られた。
「彼女、何があったんだって?」
「・・・彼女?」
「とぼけるなって。インド系のあの子だよ。ネイリストの友達のさ」
「あー・・・・」

彼が答えに困っていると、客が入って来たので話が中断された。
ポールはひとまずホッとして自ら進んで注文を受けた。

どうやらジェームズはラムカのことが気に入っている様子なのだが、はっきり言ってラムカに紹介したくないタイプの男なので、とてもラムカが今落ち込んでいるだなどと教えたくなかったのだ。
彼女はベティの親友だ。彼をラムカに紹介してベティに失望されるのだけは御免だった。
顔見知りのベティの事でさえ、本人の居ない所では、名前ではなく「あのネイリスト」などと呼ぶような失礼な男なのだし、店のオーナーであるマダム・デュボアのことも、陰では「あの婆さん」だなどと言いながら、本人には笑顔で媚を売るような裏表の激しい男でもあった。
とにかく、彼にとってジェームズとは苦手なタイプの人間なのだ。




そのジェームズがカウンターの下にしゃがみ込んでこっそりとドーナッツを頬張っている時に、奇妙な組み合わせの
三人連れが来店した。
着飾った30代半ばくらいの女と、サングラスをかけた背の高い男、そして5、6歳の男の子の三人だ。
着飾った女は自分の分は注文せずに二人の支払いだけ済ませて向かいのベティのサロンへと入っていった。
残された男二人はどう見ても親子には見えないし、男と女も夫婦には見えない。
少年はオレンジジュースを飲みながらゲーム機で遊んでいて、男のほうは辛抱強くその様子を見守りながら、時折きょろきょろと辺りを見回している。
そのうちに男は席を立つと、つかつか、とポールの方へ寄ってきて、レストルームへ行きたいのだが、その間自分の代わりにあの席へ座り、あの少年を見ていてくれないか――そう言ってポールのシャツの胸ポケットに、カフェの店員へのチップとしては法外とも言える20ドル札を忍ばせた。
こんなに沢山、困ります、ミスター! そう言って追いかけるポールを無視して行ってしまった男の背を見送り、
仕方なく言われた通りに席に座ると、目の前の少年が顔を上げた。

「・・・Hi 」
「Hi 」

見知らぬ男が突然目の前に座ったのに、特に驚いた顔も見せない少年にポールの方が目を丸くした。
こういうこと、よくあるのかい? こういうことって? 誰かがチップを貰って、あの彼の代わりに君の前に座ってお守りを引き受けることさ。 うん、まあね。
そんな会話を繰り返した後、突然少年がゲーム機をテーブルに置いて、恐る恐る、といった顔でポールを見上げた。

「――間違っていたらごめんなさい。もしかして、君がポール?」
「え!?」

彼は思わずシャツの胸元を確認した。確かネームプレートは付けていない筈なのに。

「やっぱりそうだ!僕はレイだよ。よろしくね。えっと・・・」
「僕を知ってるの!?」
「うーん・・・知ってる、って言うより、今知ったの。 たった今、" バディ " が教えてくれたんだよ」
「バディ? ・・・さっきの彼?」
「あー、ミスター・アンダーソンのことじゃないんだ。 まあ "バディ " のことは気にしないで・・・それより・・・」
「???」

この子が何を言っているのかさっぱり訳が解らなかったが、彼は辛抱強く少年の言葉に耳を傾け続けた。

「いい知らせだよ。君の夢はいつか叶うんだってさ」
「What!?」
「それと・・・」
「???」
「その気持ちはいつか通じるからあきらめるな、だって」
「・・・!?」
「つまり、君の "みらい " は明るいってことだよ!おめでとう、ポール」
「・・・Oh・・・wow・・・驚いたな・・・・いや、その・・・えっと、ありがとう、って言うべき・・・なのかな・・・・」
「あ、ミスター・アンダーソンが戻って来たよ」
彼はホッとしたようにすぐさま席を立ち、アンダーソンという男に席を譲った。
もう一度、ミスター、こんなに沢山頂き過ぎです、とチップの件を蒸し返してはみたのだが、サングラス姿の男にいいから取っておけ、と言われては言う通りにするしかなかった。


それから暫くの後、何を思ったか向かいのサロンに連れ立って入っていく二人を見送り、テーブルを拭きながら、
彼らの相手をするベティをこっそりと窓から眺めた。
『その気持ちはいつか通じるから諦めるな』――その時、あのレイという少年の言葉が瞬時に甦り、ポールは焦った。
まさか、あの子が彼女にそれを言いにサロンへ行ったのでは!?
そう思い付いてしまい、彼は気が気ではなくなった。
それで珍しく仕事のミスも犯した。彼は明らかに普段の冷静さを欠いており、様子がおかしい。
考えてみれば彼の気持ちなどあの子供が知っている訳もなく、ただもう一人の連れの女を迎えに行っただけだと
すぐに気付きそうなものなのだが、軽いパニック症状に陥った彼にそんな冷静な判断はつかなかったようだ。

そして数十分後、バッグを肩に掛け、珍しく早い時間に帰る様子のベティが酷い顔色でコーヒーカップを返しにカフェに入って来たのを見て、彼は確信した。
ああ、やっぱりそうだ、あの少年が余計なことをしてくれたのだ。 
どうしよう・・・ベティに会わせる顔がない――
咄嗟に彼は逃げようかと思ったのだが、瞳はベティに釘付けで、どういうわけだか身体が硬直して動かない。
彼の意志に反し、まるで誰かが動けないように魔法をかけたみたいに指一本動かすことすら出来ないのだ。

「Hi、ポール。ご馳走様」
「あ・・・」

気付けば彼はコーヒーカップが三つ載ったトレイをベティに手渡されていた。

「・・・? どうかした?ポール」
「あ・・・」
「?」
「い・・・いつもカップを綺麗に洗ってくれて・・・本当にありがとう、ベティ」
「What? どうしちゃったの?ポール。 あんた、様子が変よ?」
「――20ドルものチップ貰った所為で舞い上がってさ、さっきからこの調子さ。20ドルっぽっちでだぜ?
子供じゃあるまいし」

横からジェームズが嫌味っぽく口を挟んだ。
明らかにチップをやっかんでいる口調だったが、ポールはそれを無視した。
と言うより、ジェームズの言葉など、はなっから耳に入っていなかった。

「本当!? 凄いじゃない! じゃあ今度それで一杯奢ってよ、ポール」
「・・・!?」

ベティがそう笑って彼の胸ポケットをぽん、と軽く叩いた。

「じゃあ、また明日」
「あ・・・」

おどおどとした様子でBye、と小さく呟きながら、ポールは再びの衝撃に眩暈がしそうになった。
Oh my goodness!  この二つの耳が聞き違えていなければ、の話だが、彼女は今さっき、まさか、
信じられないことに、「奢って、ポール」と言った? 
一杯奢って、と?
ただの社交辞令だ、うぬぼれちゃいけない!――咄嗟にそう自分に言い聞かせてはみたのだが、
違う考えが浮かび、彼は思わず呼吸困難に陥りそうになった。
つまり、彼女は少年から妙な話を聞かされても自分を拒否しなかった、もっと言うならば、「奢って」と言う
言葉の裏には「誘ってくれてもOKよ」、という意思表示が隠されていたのでは?という突飛した考えに至り、
ますます混乱したのだ。

確かに幸福も不幸も、ものごとというものは全て、考え方次第で "どうにでもなる " ものだ。
でも彼は混乱してしまうと、考えすぎてものごとを "どうにかしてしまう " 悪い癖の持ち主だった。
いわゆる、思い込み、というやつだ。


やれやれ、といった顔で彼の手からトレイを取り上げたジェームズは、ラムカの事をベティに訊きそびれた事を
思い出して、Shit! 、と独り悔しがった。
ポール自身が独り善がりの思い込みを知ることになるのは、それからもう少し、先の話である。



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Magnet 5.「 Michel 」

 Magnet 5.  
「 Michel 」-ミシェル-

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僕は二十歳だった。それが人生で一番美しい年齢だなどとは誰にも言わせまい。

――― ポール・ニザン  ( 『 アデン・アラビア 』 ) ―――



「――ともかくママン、お願いだから朝から電話してきてジョルジュの話をするのは止めて。気がおかしくなりそうだよ」

あんたって時々、気難し屋で嫌になっちゃうわ。そういう気取ったとこ、父親そっくりよ!
最後はフランス語でいつもの捨て台詞を決め、母親が漸く電話を切った。
ああ・・・と溜息を吐いて天井を見上げると、赤黒く気味の悪い色をした亀裂の染みが、いつものように彼の瞳に
映りこむ。
どうしていつまで経ってもこうなんだろう。
いい加減良い男を見つけて、落ち着いた穏やかな暮らしをしてくれればいいのに。
Talking to a brick-wall . 言うだけ無駄か。
幾ら言い聞かせたところで、奔放な母には全く通じないってことを忘れていた。

今度こそきっと、ママンは幸せになれる―――今度の恋人は久しぶりに母よりも歳上だった。
それで変に期待してしまったみたいだ。
フランス語で愛を語り合えるから。
それだけの理由で男を選んだ、としか思えないほど、彼は " ろくでなし " の男だった。
ひとつ前の若い恋人のほうがよっぽど母を大事にしてくれていた。
とすると、男の甲斐性に年齢は関係ないということなのだろうか。

気取り屋ミシェル――母はよくそう言って彼をからかった。
時折、さっきみたいに癇癪を起こしては、あんたはそういうところが父親に似ている、と彼を責めるのだが、実際彼には悪く言えば少し気難しいとも取れる繊細な部分が備わっている。
顔もろくに覚えていない父親に似たのは、この縮れた髪と肌の色だけだと思いたかった。
どんなにうんざりすることが多くても、僕は決して父のように母を見捨てたりはしない。多分、この先も。

だからと言って、朝っぱらから電話してきて恋人への不満や悪口をのべつ幕無しぶちまけるのは勘弁して欲しかった。
どこの誰が朝の8時に自分の母親とその恋人とのベッドの話なんて聞きたがるだろう? 
ねえママン、そういう話はソフィーか友達にしてよ――そう言うと決まって母はこう言うのだ。
" あんたにしか話せないのよ " と。
やめてよ、僕がヘテロじゃないって知ってるでしょ? 相談になんか乗ってあげられない。  
解ってないのね、mon chou! そんなことは問題じゃないのよ。あんたには才能があるの。人を慰めて癒してくれる才能が。 
ソフィーが相手にしてくれないだけでしょ?都合のいいこと言わないでよ
―――毎回こんな会話の繰り返しだ。

彼はふうーっと息を吐いて電話をベッドの中からナイトテーブルの上に戻し、再びごろんと横たわった。
聞きたくもないベッドの話を聞かされるのはもううんざりだった。
子供の頃何度も目にした、母とその時々の恋人たちとの淫らな姿を思い出して、気が狂いそうになる。


彼の母親は20歳になるかならないかの若さで彼を産んだ。
恋人を追いかけてやって来た、この遠い異国の地、アメリカで。
写真家やファッション・デザイナーにとってのミューズでもあった早熟で魅惑的なパリの不良娘は、
虚構の世界を捨て愛に生きた。
恋人を追いかけて、パリからロンドンへ、そしてアメリカへ。
結局ミシェルの父親とは上手くいかなかったが、国に帰るお金も無かった彼女はそのまま、
この地で暮らすことを選んだ。
いや、直ぐに新しい男との新しい生活が始まったせいでそうなったというべきだろうか。
以来、母はニザンの『アデン・アラビア』の有名な一説をまるで自分の言葉のように繰り返し呟いて生きている。
若さを保つ秘訣は恋をすること―――そう公言して憚らない。
そしてここ10年程は恋人が変わる度に各地を転々としていて、今はカナダのケベック州に恋人のジョルジュと
住んでいた。


そんな母親だったから、彼はこの街で16歳からの殆どを一人きりで暮らしてきた。
時折、まだ小さいソフィーを連れて思い出したように彼の元へ帰ってくる母親は、彼の膝の上で涙に暮れる日々を
送ったかと思えば、また誰かと恋に落ちて何処かへふらっと行ってしまう。
何故か母は毎回、根無し草の旅人のような男とばかり恋に落ちてしまうのだ。
最長記録は3年。最短では3日。そしてジョルジュとはそろそろ3ヶ月。 ――― 何だか嫌な予感がする。



電話が鳴る度に、キースからの電話でありますように!―― そう願いながら受話器を取り上げ、
そして瞬時に失望することを一体何度繰り返してきただろう。 
大概、相手は母親のアンヌか妹のソフィーか、或いはベティかラムカか―――
つまり、そのほとんどが "女たち " だった。 
たまに聞く低い声の持ち主と言えば、数少ない男友達の一人であるラッセルか、誰がこの番号を教えるのかは
知らないが、胡散臭い男からの誘いの電話か、しつこいモデル依頼の電話か―――
つまり、ラッセル以外、ろくでもない電話ばかりだ。
僕は彼女達にとって一体何なんだろう?他の女友達と僕とは一体何が違うと言うんだろう? 
何故みんなが自分に話を聞いてもらいたがるのかがさっぱり解らない。
あんたには才能があるの。人を慰めて癒してくれる才能が。母親の言葉が蘇り、彼に溜め息をつかせる。
ママン、本当にそんな才能が僕にあると言うのなら、どうして自分の傷は癒せないの?
僕自身はまだこんなにもボロボロのままなのに。


不本意な役回りを憂いながら、彼はそれ以上考えることを止め、ベッドを抜け出してバスルームへと向かった。
こんな気分の滅入った朝には・・・そう、レニーだ!
彼は気晴らしにレニー・クラヴィッツを大音量で流した。
そして、その日も女たちを慰める役回りが巡って来る運命にあるとも知らず、身体を揺らして歌いながら
熱いシャワーを浴びた。






1:45 p.m.、まずはラムカが店に飛び込んで来た。
仕事仲間のJ.C.が(彼は " ジェシー " の名を周りにそう呼ばせていた)「どうしちゃったっての? あんたの
スパイス・ガール?」と大げさにラムカを指差して小首を傾げたので、大事な商売道具であるその指先をぎゅっと
捻り潰さんばかりに懲らしめてやった。
普段温厚なミシェルだったが、意外にも彼は時折こういった相手の不意を衝く反撃に出たりもする。
不敵な笑みを浮かべながら。
インド系のラムカを揶揄し、いつもどこか小馬鹿にしたような物言いをする尊大なJ.C.にいい加減
我慢ならなかったからだ。
(もっともJ.C.は、誰に対してもそういう尊大な態度を取る人物だったのだが。)
「何すんのよ!このビッチ!」というJ.C.の罵声が彼の背に届いたが、彼はひらひらと手を振りながらそれを無視して、ベティの目の前でうな垂れるラムカの肩を抱き、髪にキスをして、「ああ、何て酷い髪だい?」と嘆いた。


そして届く筈のカプチーノを待たずして客に指名を受けた彼は、ラムカの出会った不思議な少年の話に
後ろ髪をひかれる思いで仕事に戻り、今度はそちらに神経を集中させた。
3:30 p.m.、気付けばラムカは店を後にしており、ベティの目の前にはどういうわけか小さい男の子が座っている。
彼は困ったような顔をしたベティにくすっと笑い、再び目の前の顧客の仕上げに集中し始めた。
そして彼はその後、彼女に出会った。




彼女がサロンにやって来たのは4時を少し回ったくらいの時間だった。
ちょうど指名を受けた顧客を店の外まで見送った時に、偶然彼女が其処へ飛び込んで来たのだ。
「時間がないの!誰でもいいわ、ヘア・メイクをお願い!」
たまたま居合わせたミシェルにそう懇願する彼女に、「あなたはとてもラッキーだ。何しろ僕の手が偶然にも
たった今空いたんだから」――彼はそう豪語して自分の椅子に彼女を案内した。

彼女は名をキャサリン・クリフォード、と言った。
聞けば新人アシスタントの手違いと運の悪さが重なり、いつものサロンで予約が取れなかったのだという。
困っているところへもう一人のアシスタントが別人のようになって姿を現したので、どこで変身して来たのか
聞いたところ、このサロンだったのだと言う。
彼女の言う、別人になったアシスタントとはミス・ベネットなのだった。
ミス・ベネットを担当したランディーがそれを聞いてミシェルに抗議の視線を送ったが、ミシェルは「Excuse me 」と
片目を瞑っただけで彼の抗議を撥ねつけた。
何故なら彼女は「誰でもいい」と言っていたのだし、たまたま彼が直接それを請け負ったのだから、
この場合、ルール違反だと責められる筋合いはない。
今日このサロンは二人の新客を手に入れたわけだが、それを仲良く一人ずつ分け合えば良いのだ。


ミシェルが得意なのはヘア・アレンジはもちろんのこと、その人の魅力を最大限に引き出すメイクアップだ。
キャサリンは見事なまでに美しい素肌の持ち主だったので、ベースは余り作りこまずに本来の肌の美しさを
大切にした。
まるでマイアミの空と海のように美しい彼女の青い瞳をぐるりとラインで囲み、くるくるとよく動くその大きな青い瞳が
引き立つように、余り色味を使わずにブロンズ系のグラデーションでシックに仕上げた。
マスカラは上下にたっぷりと惜しみなく。
緩くウェーブのかかった長いブロンドの髪はシャープな印象になるようひとつにまとめ、彼女の可愛らしい
ドーリーな雰囲気を大人っぽい印象へと変えさせた。彼がイメージしたのは大昔のブリジット・バルドーだ。
ここのところ、唇に色が戻ってきたとされているのだが、あえて彼は彼女にヌードカラーのルージュを選んだ。
薄めの唇に濃い色のルージュは老けて見える。
逆に言えば幼く見えるタイプの彼女にはそれが大人っぽく見えるという利点もあるのだが、カラーレスにすることで
彼女の青い瞳と豊かな表情が、とてもクールでセクシーに見えると思ったからだ。
自分でメイクするとどうしてもピンク系のグロスで終わっちゃうの――そう言って彼女は刻々とクールに変わってゆく
自分の姿に驚いていた。


ミシェルが慎重に仕上げのチェックをしていると、名刺、ある?――と彼女にそう問われたので、勿論!と片目を瞑り、彼は人差し指と中指に挟んだそれを彼女に差し出した。

「ミシェル・・・・ピノトー? フランス系なの?それとも・・・」
「よくピノトーと読めたね」
「実は主人もフランス系なの。 ふふ・・・何だかあなた、ジャン=ミシェル・バスキアみたい」
「ああそれ、たまに言われるよ。残念ながら余り絵は得意じゃないんだ。
その代わり、女性の顔に色を塗ってるってわけ」

そう苦笑いして肩を竦めると、つられて笑いながらキャサリンが再び彼の名刺に視線を落として
首を傾げる仕草をみせた。

「・・・ピノトーって・・・そう言えば昔、何とかピノトーって名前のモデルがいたわよね?アン・ピノトーだったかしら?
活動期間僅か3年くらいの、伝説のモデル・・・」
「――それ!彼の母親よ!」

すかさず横からパチンと指を鳴らし、J.C.が口を挟んだ。
それは母親の話題を振られるのが嫌いなミシェルへの、彼からのささやかな仕返しだった。
Shit!―――普段決して4-letter-word を口にしないように心を砕いているミシェルだったが、
流石にそれにはうっかり禁忌を破ってしまった。

だが、キャサリンには彼の悪態など全く聞こえていないようだ。
と言うのも、J.C.の言葉にOh my god ! と繰り返して興奮していたからだ。
そうなるともう対処法は一つしかない。母と自分のプライバシーを守るため、人違いだと言い張ることだ。
納得いかない風情のキャサリンだったが、辛抱強く肌の色の違いを強調してそれは人違いだと言い続けたので、
何とかその場はそれで収まった。
J.C.の奴、今度また同じことをしたら今度こそ指をへし折ってやる・・・!―― 彼は心でそう息巻いたが、
それを隠してキャサリンを店の外まで丁寧に見送った。


この時、まだミシェルは彼女がラムカの話していたレイ少年の母親だということは知らずにいた。
そして先客のカットをしている間にベティが話をしていたあの少年が、そのレイ少年だった、という事実も。
その日、ラムカとベティが続けざまにレイ少年と出会い、その不思議な言動に困惑し、振り回されたということを
知るのはもう少し後―――つまり、その日の夜の事になる。





7:20 p.m.
閉店より一足先に仕事を追えた彼は、チェルシーのアパートメントへ帰る途中、ラムカが気になり電話をかけた。
「緊急事態発生よ!直ぐにうちに来て!」――昼間の力ない声とは打って変わったラムカの切羽詰った声。
彼女やベティの言う「緊急事態発生」による召集は長い夜になるということでもあり、その為に必ず必要なものが
幾つかある。
それで彼は途中、ソーホーにあるDEAN & DELUCAに飛び込んで、ワインやリキュール、数種類の
食べ物を買い込み、キャブを拾ってブルックリンのラムカの家まで駆け付けた。 
そして荒れ狂うベティの面倒を見る羽目になってしまったのである。

つまり彼はその日、突然どん底に陥った二人の女友達を慰め、予約が取れず途方に暮れていた一人の女性を美しく変身させる為に尽力した、ということだ。
他の顧客や地下鉄の駅の階段で転びそうになった女性、母親のアンヌも人数に含むとすれば、その日、
彼は8人もの女性を何らかの形で手助けした、ということになる。
それを自覚する間もなく、彼は酔い潰れたベティに圧し掛かられるようにしてその夜は力尽きた。



翌朝、お気に入りのサンローランのヴィンテージ・シャツの襟元や胸元のあちこちに付けられた、ベティの口紅や涎の染み。
彼は溜息を吐きながらこう思った。
ベティやラムカのことは心から愛しているけど、やっぱり女は嫌いだ、と。
その嫌いな筈の女を美しくすることを仕事にしてしまったのは何とも皮肉なことではある。
勿論、客は女性に限っていないが。
でも実際、女性の髪に触れ、肌に触れ、そのしなやかで柔らかな手触りに生まれて初めて恍惚を憶えた相手は、
紛れも無く母だった。
指先に摘んで上に持ち上げ手を放すと、さらさらさらっと柔らかく零れ落ちる母の蜂蜜色の髪。
黒く縮れてごわごわな自分の髪とはまるで違う、その柔らかな手触り、しなやかな動き、その度にふわりと漂う
シャンプーの香り。
心地良くて楽しくて、そうやっていつまでも母の髪で遊んでいた。


いや、本当のことを言ってしまえば、うんざりする存在でもある母に対して、反対に強烈な憧れを抱いているのも確かなのだ。
母は本当に美しい。美しいが奔放で自堕落で、どうしようもなく欠点だらけの弱い人間でもある。
でもその欠点さえも魅力的に映ってしまうほど、彼には母が眩しく見えることもまた事実だった。
だからこの仕事を選んだのかもしれないと最近になってそう思う。
やはり原点は間違いなく、あの欠点だらけの美しい母にある、と。
つまり彼はその手で数多の女性を美しくしたいのだ。おそらく、母のような美しい女性に。
それはここのところ、母親に向って素直に、愛してるよ、ママン、と言えない彼の遠回しの愛情表現のひとつなのかもしれなかった。
本人の望む望まないにかかわらず、やはり彼は女性たちにとって無くてはならない存在であり、
母親であるアンヌの言葉通り、彼には才能があった。人を癒す才能と、そして、美しくする才能とが。
そして母親のアンヌもまた、彼にとってのミューズだった。彼にその自覚はなかったが。 



数日後、そんな彼の才能により、眠っていた違う魅力を引き出されたことに感銘を受けたキャサリンから、
後日サロンへミシェル宛の花束が届けられた。
その花束にはキャサリンからの丁寧な礼状と、とあるパーティーへの招待状が添えられていた。



● 用語解説ページ



Magnet 6.「 Catherine 」



 Magnet 6.  
「 Catherine 」-キャサリン-   後半部分がR18気味です。ご注意ください。


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自分自身に正直であることはなんと困難なことだろう。
他人に正直である方がはるかにやさしい。

――― エドワード・F・ベンソン  ―――




「今度の人、辞めて貰えない?」
「・・・Why not?」
「・・・あなたの幼馴染だから余り悪く言いたくはないんだけど・・・その・・・彼の料理が口に合わないの」

" 私を見る彼の眼つきが嫌なの " ――― 喉元まで出掛かった本当の理由を飲み込み、彼女は隣に横たわる
夫の顔色を伺うように視線を上げた。

「美味しいってあれだけ褒めてたじゃないか。何で今更?」
「・・・不味くはないわ。でも・・・」
「じゃああいつと直接交渉するんだな。好みの味にしてくれって」
「ねえ、フィル――」
「――疲れてるんだ、キャス。いい加減にしてくれないか」

そう言って背中を向ける夫に心の中で溜息を吐き、彼女はダウンケットの間から覗くその広い背中を
暫くの間眺めていた。

ほどよい筋肉が付いた、滑らかな肌。
この背中に縋るようにしがみ付き、毎晩のように身体を揺さぶられたあの日々は幻だったのだろうか。
今では忘れた頃に事務的に私を抱く夫。
出掛ける時や息子の前で彼は、愛してるよ、とちゃんとキスをくれる。
そしてその度に気まずそうに視線を外す。
たった今、後ろからこの背に抱き付いて、愛してる、と口付けたならこの人はどうするだろう。
振り返り、私を抱いてくれるのだろうか。
それとも、やはり・・・・私を拒絶するのだろうか。

―――試してみようか―――

彼女は恐る恐る夫の背中に指先を伸ばし、触れる直前にそれをぎゅっと丸めて引っ込めた。
そこに見覚えの無い小さな新しい傷を見つけたからでもなく、夫から寝息が聞こえ始めたからでもない。
たとえ義務的でも、彼の方から私を求めてくれることに変わりは無い。
でも自分から求めてそれを拒絶されてしまうのは、余りにも―――
やがて諦めたように夫の背中から視線を外して寝返りを打ち、彼女は漸く瞳を閉じた。


夫が連れてくるのは毎回、若く性的な魅力に溢れたルックスの良い料理人ばかり。
前の料理人のスティーブもそうだった。その前の二コラという男も。
つい最近夫が連れてきたショーンという男も同じ類の男だ。
今までと違っていたのは夫の友人だということ、私とも面識があったこと、ただそれだけ。
彼は何か言いたそうな、含みのある眼でいつも私を見ている。
まるで私を見定めするかのようなその視線は、友人の妻に向ける類のそれではない。
男に欲望を含んだ視線を向けられることは時として、女にとって喜ばしいものだ。
自尊心をくすぐられるし、女としての魅力を認められたような気になる。
だからそういう視線ならば甘受するのに。
でも彼が彼女に向ける視線は性質の悪いものだった。一体何を考えているのかが読めないのだ。

そればかりか彼は時折、憐れな者を見るような・・・同情を含んだような眼を彼女に向けることがある。
彼のそんな瞳に出会うと、心底不安な気持ちになってしまう。
決して好意的とは思えないそれらの視線が居心地悪くて堪らない。
けれど彼は夫の幼馴染だし、息子も日毎に彼に懐いていくばかり。
息子が楽しそうにしているのを見ると、面と向って嫌とも言えないでいる。
でも彼のそんな視線そのものよりも、夫が毎回そういう男ばかりを連れて来る、そのこと自体が
彼女には我慢ならなかった。

料理人は自分で選ばせて欲しい、そう何度頼んでも夫は首を縦に振ってはくれない。
口の肥えた夫には私の選ぶ人間など当てにならないらしい。
じゃあ何とか時間をやり繰りして自分で作るわ――― 一度彼にそう言ってみたことがある。
自分の妻にそんなことはさせたくない――― 夫はそう言って譲らない。
君に料理は無理だと、そうはっきりと言ってくれたほうが余程ましだった。
あのショーンという男さえ辞めてくれれば、今より少しは心が平穏でいられるかもしれない。
そう思って打診してみたけれど、夫は話すらろくに聞いてくれなかった。
それならば、女性の料理人にしてもらうのはどうだろう? 
そうだ、それがいいわ、今度はそう提案してみよう。
とりあえず週末にはショーンに会わずに済むけれど・・・・そこまで考えて彼女は明日土曜の夜のパーティーの
予定を思い出し、着ていくドレスやアクセサリーについて考えを巡らせることで、とりあえず眠りに就くまでの時間、
鬱々とした気分を紛らわせた。
つまり彼女はその夜、いつものようにこっそりとキッチンに忍び込み、夫に隠れてナイト・キャップをあおることなく
眠りに就くことが出来たのだった。






翌朝目覚めると、いつものように既に夫は起き出していた。アパートメントの地下にある住人専用のプールで泳ぎ、
トレーニング・ルームで軽く汗を流すのが、彼の毎朝の日課だったからだ。
そんな健康的な日常を送る夫と違い、毎晩こっそりとあおる酒のせいで、毎朝のように寝起きのすっきりとしない彼女だったが、その日は珍しくすっきりとした目覚めだった。
何だか頭が軽い気がする。昨夜はぐっすりと眠れたということかしら?
そんなふうに思いながら彼女はベッドを抜け出した。

食卓には彼女の大好きな花々と共に、色とりどりのフルーツやサラダが並べられている。
そこにキッチンから漂ってくる、パンケーキを焼く甘い匂い。
いつものように新聞を読みながら息子の話に耳を傾ける父、息子の食の細さを気にしてあれこれと口喧しく忙しない母、パンケーキにかけた大好きなメープルシロップで口の周りをべたべたにしながら嬉々としてはしゃぐ息子。
いつも通りの幸せな朝のひと時。
一日の中で家族3人が揃って顔を会わせることの出来る、とても大切な時間だった。
パーフェクトな朝だわ――彼女はそう思った。少なくともその瞬間だけはそう思えたから。


――「ナディア、もういらないから下げて」
「レイ?ダメよ、ちゃんとトマトも食べなさい。それになあに?そのサラダの食べ方!どうしてレタスの芯だけ
残すの!?」
「だってにがくておいしくないんだもん。トマトもやっぱりいや!」
「レイ?この間ママとお約束したでしょう?せめて朝だけでもちゃんと残さずに頑張って食べるって」
「だって・・・」
「じゃあ苦いお薬を増やしてもいいのね? ママ、ジョーンズ先生にお願いして、
お薬をいーっぱい増やして貰うわね」
「いやだよ、ママ!おくすりはもっときらい!」
「じゃあママとお約束したように―――」
「―――もういいじゃないか。そんなに沢山食べられるようになったなんて偉いぞ、レイ」
「フィル!」
「ほんとう!?ダディ!」
「ナディア」

フィリップは非難するような妻の視線を無視して家政婦を呼び、息子を食後の歯磨きへと連れて行かせた。

「・・・あなたっていつもそう。あの子に甘すぎる」
「たかだかトマト1、2個のことで朝から大騒ぎする君が神経質過ぎるんだ」
「! ・・・随分ね。好き嫌いなく何でも食べて元気な子に育って欲しいって、そう願うことが神経質なの?
ジョーンズ先生だって―――」
「――― 実際少しずつでもレイの食事の量は増えてるじゃないか。
それに成長していくうちに好き嫌いなんて無くなるものだ。焦るなよ」
「・・・成長・・・?」
「・・・」
「・・・そうね・・・トマト1個食べようが残そうが、確かに何も変わらない。夜も朝もいつだってあなたは私の言葉を
最後まで聞いてもくれないけど、きっとこの先もそれは変わらない。同じことよね。よく解ったわ」
「・・・・・」

気まずい沈黙がダイニングルームの温度をどんどん下げていく。うんざりした顔で手にしていた新聞を置き、
フィリップは席を立った。
テーブルに一人残された彼女は、祈りを捧げる時のように組んだ手を額にぶつけるようにしながら唇を噛み、
瞳を閉じて大きな溜め息を吐いた。

「・・・・奥様・・・?」

気遣うような声にはっとして顔を上げると、もう一人の家政婦であるメアリーの心配そうな顔がそこにあった。

「ご気分でも悪いのでは・・・」
「ああ、いえ、大丈夫よ。何でもないわ。 ・・・ごめんなさいメアリー、もう全部下げてもらえる?」
「畏まりました、奥様」

メアリーがテーブルを片付け始めた時、テラスの方から鳥のさえずりが聞こえてきた。
席を立ち、テラスへ出るための大きな扉を開くと、冷たい風が彼女の金色の髪を巻き上げ、
熱くなっていた頬の温度を下げていく。
薄手のシルク製のガウン一枚を羽織っただけの彼女は、両腕を摩りながら足を進め、木々や色とりどりの花達の
様子を確かめながらテラス内を散策していた。

「奥様!」

声に振り返るとナディアが血相を変えてひざ掛けを片手に此方へ向ってくるところだった。

「またそんな薄着で!風邪をひいてしまいますよ!」
「ありがとう。でも心配いらないわよ、ナディア。ほら、今日はとってもいいお天気だもの」
「いいえ、まだまだ春は先、風は冷たいですよ! 奥様が風邪をひいて旦那様や坊ちゃまに感染(うつ)りでもしたら
どうします!」
「・・・・そうね・・・気をつけるわ」
「さあ、奥様。温かい紅茶をお持ちしますね」

ナディアに背を押されるようにしながら彼女は家の中に戻った。
私にはもう、風邪をひく権利さえもないのね――ナディアの淹れてくれたアール・グレイを飲みながら、
彼女は自嘲するように薄い笑みを浮かべた。

ふと、夫がテーブルに残していった新聞が目に留まり、彼女はそれを手にとった。
父もこうして毎朝の食事時に新聞を読んでいたけど、男は同時に二つのことを進められないのに、
どうして皆朝食をとりながら新聞を読むのだろう。
それとも男というのは朝食をとりながら新聞を読むものだと刷り込まれているのだろうか。
新聞も読まずに朝食をとるなんて男としての沽券に係る、とでも言いたげに見えて、少し滑稽に映る。

" 自分自身に正直であることはなんと困難なことだろう。 他人に正直である方がはるかにやさしい。 "

一面を暫く読み進めていると、紙面の端っこのほうに書かれた一文が目に飛び込み、虚を突かれたように
彼女は瞳を見開いた。
まるで見知らぬ誰かに心を見透かされ、それを言い当てられたみたいに胸の中がざわざわと音を立てて揺れている。
どうしてそんなふうに感じるのかは解らない。
ただ何となく居心地が悪くなり、彼女は自分も出かける仕度を始めることにして席を立った。

「ママ!ダディが出かけるよ!」
そこに現れた息子に手を引かれながらエントランスに向うと、既に第2秘書のヴァレリーがエレヴェイターを待ちながら夫とその日の予定について話しているところだった。
迎えの車の中で大人しくボスを待つという考えは彼女・ヴァレリーにはないらしい。
1分1秒でも無駄にしたくないのは解るけど、家族の朝のひと時くらい遠慮してくれればいいのに・・・と
苦々しく思いながらヴァレリーと軽く挨拶を交わす。

「キャス」
「?」
「今夜のパーティーだが、行けそうにない」
「――!? そんな!」
「どうやら予定が変わってしまいそうだ。連絡させるよ」
「ねえ、フィル――」

温度の無い冷たいキスだけを唇に残し、振り返ることもなく、夫はヴァレリーと共にエレヴェイターの中へと姿を消した。

「ママ、ダディの代わりに僕がパーティーにつれて行ってあげるよ!」
「・・・ありがとう、レイ」
「ほんとうだよ? 僕だってママをエスコートできるんだ。なんたって僕のタックスはダディとおそろいなんだからね!」

息子の言葉にふっと心が軽くなり、ようやく彼女の顔に笑みが浮かんだ。
本当にこの子は優しい子だ。母親の憂いを直ぐに察知していつも優しい言葉をくれる。
彼女は朝食の席で薬を増やすだなんて脅しみたいに言ってしまったことを少しばかり後悔した。
確かに夫の言う通りだ。たとえ少しずつであっても、ちゃんと食べてくれるようになったではないか。
夫のようにまずはそれを褒めてあげるべきだった。

「レイ」
「なあに?」
「昨日も言ったけど、ママ、今日はお仕事をしてそのままパーティーに行くの。
だから一日独りぼっちで寂しい思いをさせてしまうけど・・・ごめんね」
「ううん、だいじょうぶだよママ。僕、いい子にしてるよ!」
「本当?」
「だってミスター・アンダーソンもいっしょだし、お昼からミス・ベネットも来てくれるんでしょ?
だからさびしくないよ」
「・・・ママは寂しいわ。だからママをハグしてくれる?」
「Sure!」

I love you , mom ! ――― そう言ってぎゅうっと抱き締めてくれる息子の声が胸に沁みる。
いけない。泣いてしまいそう。
私ったらすっかり弱気になってしまってる。
彼女は少し濡れてしまった睫毛をこっそりと指で拭い、最愛の息子の背をぎゅうっと抱き締め返した。











数時間後、逃げ込んだパウダールームでそこに置かれたソファーに座り、キャサリンは束の間の休息に
ホッと一息吐いていた。
パーティーは特に何事の問題もなく、やがて終わりを迎えようかという頃だった。
暫くそこに座ったまま、顧客との会話の合間に閃いたアイデアを忘れないよう、もう一度思い返すことを繰り返し、
いけない、そろそろ会場に戻らなきゃ、と脱いでいたマノロのハイヒールに再び足を入れて立ち上がった。
そしてそのまま廊下を過ぎてバンケット・ルームの入り口に差し掛かった時、彼女は中から勢い良く出てきた男と
軽くぶつかってしまった。

「Oh ! 」
「Oh, excuse me! ・・・キャス?」
「ジェイク!」
「Hi ! 」

彼女はそのジェイクという男と笑いながら抱き合った。
彼は彼女の友人で、今夜のパーティーに招待していたのだが、そう言えば姿を見かけなかった。

「君の姿が見つからないから帰ろうかと思ってたところだよ」
「ごめんなさい、ちょうど席を外していたの。来てくれたのね?」
「僕こそ遅くなってしまって。 Oh,ブランドの3周年おめでとう、キャス。アシスタントに贈り物を預けてあるよ」
「本当?そんな気を遣わないで、ジェイク。 でも嬉しいわ、ありがとう」
「大したものじゃないよ」
「そうだ!ちょうどよかったわ。あなたに連絡したかったの」
「んー、それってビジネス?」
「ええ、勿論」
「何だ、残念だな。デートのお誘いかと思ったのに」
「ふふっ、じゃあランチデートでもどう?」
「ビジネス抜きで?」
「いいわよ。仕事が欲しくないんならね」
「Ok , 解ったよ。僕の本音は残念だと言ってるけど」
「もう、相変わらず上手いわね」
「Oh, i gotta go ! (行かなきゃ!) 実は人を待たせてるんだ」
「大変!じゃあもう行って。来週にでも電話するわ」
「ああ、待ってるよ」

頬に挨拶のキスを交わし、ジェイクは彼女に手を振って出口へと向った。
手を振り返してそれを見送り、彼女は会場に戻ろうかと歩き始めた。
ふっと誰かの視線を感じて目を向けると、近くの壁にもたれてじっとこちらを見ている男が居た。

――フィル!

来られないと言っていた筈のフィリップがそこに立っていた。

「やっぱり行けない、ってヴァレリーから電話があったわ」
「また予定が変わってね」
「・・・ありがとう、フィル」

返事の代わりに撫で回すような視線が彼女の全身を巡る。
何か言おうと彼女が口を開いたと同時にすっと視線を外すと、彼はそのまま会場へと消えた。







帰宅して真っ先に子供部屋を覗くと、レイはお気に入りのパジャマ姿でぐっすりと眠っていた。
今日一日、この子はどんなふうに過ごして、どんなことを思ったのだろう。
本当に寂しくはなかったのだろうか。
明日は一日この子に寄り添って、うんとたくさん話を聞いてあげよう――頬にかかった髪の毛と上掛けを直し、
息子の額にそっと静かにキスをして彼女は子供部屋を後にした。


夫婦の寝室に戻ると、ジャケットを脱いだフィリップがシャツのボタンを外した姿でベッドの縁に腰掛けていた。
ピアスを外しながら夫の目の前を素通りし、寝室から続く広いクローゼットへと行く。
彼女はそこで大きな鏡に映る自分の姿を改めてじっと見つめた。
そこには古いVogue誌から抜け出たような見知らぬ自分が居て、もうこの姿に別れを告げなければならないのかと
思うと少し寂しい気持ちになる。

偶然のミシェルとの出会いで起きたケミストリー。
誰も彼もが口々に今夜の私を褒めてくれた。たった一人、夫を除いた誰もが。
帰りの車の中でも彼は何も言ってくれなかった。疲れた、と呟いて瞳を閉じていただけだ。
でも彼女には判っている。夫の瞳が全てを物語っていたから。
彼があんな眼で私を見つめてくれたなんて何年振りだろう。
それだけで彼女は満たされた思いでいっぱいになり、ミシェルとの出会いを神に感謝したいとさえ思った。
彼に何かお礼をしたほうがいいわね。そんなことを考えながら、ドレッサーの上に外したパールのネックレスを置いた。
ふっと鏡越しに夫の姿に気付く。
彼女が振り返るよりも先に生温かい唇が後ろから肩口を這った。

「・・・フィル・・・」

フィリップは何も言わず、肩に唇を這わせながら背中のジッパーを半分ほど下ろし、そこに手を差し入れると
後ろから手を廻して彼女の胸を直に愛撫し始めた。
熱い溜め息を吐き、振り返り、彼女は夫の唇を求める。
はあはあと熱い息を漏らして唇を重ね合いながら、フィリップは彼女のドレスの裾を捲り上げ、壁に彼女を押し付けた。

「あ・・・!」

夫が中に入ってきた瞬間、彼女は仰け反り、白い喉を晒して声を上げた。
彼の荒い息遣いが耳元に注がれ、彼女の身体はそれだけで熱く反応してしまう。

こんなに一瞬で身体に火が点いてしまうなんて。
こんなふうに荒々しい夫は久しかった。まるで知らない誰かに抱かれているみたいだ。
その思いつきに彼女はかつてないほどに欲情した。

本当にフィル、あなたなの?――いいえ、きっと私は今、違う男に抱かれている。
スティーブ? ニコラ? ・・・ショーン?

やがて夫が獣のような声を上げ、同時に彼女にもその瞬間が訪れた。
身体の芯から電流が走り抜け、繋がった部分が溶けそうなほど熱くなっている。
彼女の思考はそこで飛んだ。

「―― me・・・」
「Wha?」
「・・・Fuck me ・・・more・・・」
「!」

彼女は夫の頬を手のひらで包んで自分から激しく唇を求め始めた。
それに応えるように、繋がったままの姿で彼はベッドの方へと彼女を運ぶ。
彼が直ぐに熱を取り戻したのを繋がったままの部分で感じる。
彼も激しく欲情しているのだ。見知らぬ私に。
「You're bitch!」――その証拠に、普段決して彼女に向けることのない言葉を吐く夫。
彼女の顔に勝ち誇ったような恍惚とした笑みが浮かんだ。

「I ―――」
「――Ahh!」

次の瞬間、再び上り詰めた彼女の大きな声が寝室の空気を震わせていた。



● 用語解説ページ



Magnet 7.「 Phillip 」


 Magnet 7.  
「 Phillip 」-フィリップ-  冒頭部分がR18気味です。ご注意ください。


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すべての不幸は未来への踏み台にすぎない

――― ヘンリー・D・ソロー ―――




キスの途中でこの髪を掻き乱す彼女の指の感触に堪らなく欲情する。
たったそれだけのことでもう、自分が自分でいられない。
一刻も早く彼女の中に入りたくて気が狂いそうだ。だからそうする。
下着を剥ぎ取り、壁に押し付けるように彼女を抱え上げ、爆発してしまいそうな情熱を押し込んで
彼女を思い切り犯す。
ある時は床の上で。ある時はテーブルの上で。
ベッドまで待てないからいつもそうなる。だから毎回彼女は罵る言葉を吐き、絶頂を迎える。
恍惚とした表情を浮かべて。


あっけなく情熱が去った後はお決まりのあの感情だ。鏡に映る自分を殺してしまいたくなる。
一度だけ、気付けば拳をそこにめり込ませていたこともある。
幸い大した怪我にはならなかったが、お陰で未だに2本の指が完全には曲がらない状態のままだ。

感情を殺し、何の躊躇もなく冷徹な決断をも下すことが出来る、そう、それが己という男ではなかったか。
何故彼女を前にすると自分をコントロール出来なくなってしまうのか。
彼女の瞳に捕らえられた瞬間、自分が自分でいられなくなるのは何故なのか。
その答えを知りたくて彼女に会い、結局はまた彼女の中で暴れることを繰り返すだけ。
何の意味もない。どうしようもないほどの大きなリスクが蓄積されていくだけだ。
まるでジャンキーだ。何とかしなければ、そのうちオーヴァー・ドーズで命を落とすことになるだろう。
つまりそれは家庭の崩壊と社会的信用の失墜を意味する。
この情事にそれほどの価値があるのか?命を懸けるほどに?
答えは判りきっている。今すぐ止めなければ何もかもが破滅に向うだけだ。
・・・いや、既に破滅へ向っているのかもしれない。少なくとも妻との関係は悪化の一途を辿っている。






「ジェネラル・リーン社の買収は見事だった。お前には確かな先見の明がある。
だが2008年の純資産減少を補える起爆剤になれるのか、些か疑問は残る」

前CEOである継父の大きな声がまだ耳の中でじんじんと鳴っているようで苛々する。
受話器を3インチ離しても鼓膜がびりびりと振動するのが判るほどの大声だ。
時折オフィスまで顔を出し、こうして電話をかけてきてまであれやこれやと口出しする継父に内心うんざりしながら、
父の体を気遣う言葉をかけ、実母の声を聞き、穏やかに別れを告げて受話器を置く。
わざわざ旅行先のフランスから電話をかけてきてまで伝えたいことなのだろうか。
母の呆れる顔が思い浮かぶようだ。


たまにはレイを連れて帰ってらっしゃい――ふた言目にはそれだ。
母にとってはたった一人の血の繋がった孫なのだから仕方ないが、あの父と長時間共に過ごすなど、
想像しただけでうんざりだ。
キャサリンが気を利かせて時折レイを連れコネティカットまで行ってくれるが、多忙を理由に自分は実家帰りを
避けるようになった。
感謝祭の時ですら帰ろうとしないのだから、その時期が近付くとキャサリンは間に挟まれてナーバスになっている。

感謝祭に帰りたくない理由の筆頭はもちろん継父だ。
だがそれだけが理由ではなかった。会いたくない相手は他にもいる。思い出したくないことも。
つまり彼は、あの地にはもう近寄りたくもないのだ。

息を吐いて受話器から視線を上げる。
以前はそこに見えていた筈の、双子のように並んでそびえ立つ2つの高層ビルがある日突然姿を消してから、
もうやがて10年が経とうとしている。
だがこの10年の間に起きたさまざまなことに思いを馳せている時間は彼には無かった。
父との電話に費やした時間のせいで、あと3分のうちに迎えの車に乗り込まなくてはならないのだ。
ビジネスランチをとった後はまた会社に戻り、彼の決断を待つさまざまな案件に没頭する。
こんなことの繰り返しの日々。
仕事に人生の全てを注ぎ、それに喜びを見出すほどの思い入れも無いが、決して虚しい毎日だとも
思わない。用意された人生に素直に従うまでだ。母が父の後妻となった、あの日から。




夕方、西の彼方へ沈んでいく夕陽が彼のオフィス内を柔らかい色合いに変える。
書類に目を通しながら、ふと、今晩のメニューは何だろうか、と思いつき、知らず知らずのうちに
それを楽しみにしている自分を自覚して苦笑した。
最近雇った幼馴染の料理人の顔が浮かび、彼はまた苦笑を浮かべた。
そこへ現れた第二秘書のヴァレリーが怪訝そうな顔をして彼の目の前に書類を置いた。

「笑うような内容の報告書ですの?」
「ああ、いや・・・何でもない」

そうですか、という顔をしてヴァレリーが部屋を出ていこうとするのを目で追い、
彼は彼女が置いて行った書類に目を走らせた。

「どういうことだ?」
「・・・どういう、とは?」

振り返りもしない部下の無礼を目にしながら、彼はゆっくりと立ち上がって彼女の傍へ近付く。
彼女の背中から手を伸ばしてドアに鍵をかけると、ようやくヴァレリーが彼を振り返った。
不敵な笑みを浮かべて。

「・・・この俺を脅すのか?」
「とんでもないですわ、ミスター・クリフォード。心からご心配申し上げているんです」
「・・・心配だと? ・・・白々しい」
「・・・ミスター・クリフォード、考えてもみてください。あんな無能な男が未だに第一秘書の座に納まってるだなんて、
社外的にも風聞が悪すぎやしませんか?」
「無能かどうかは俺が決めることだ」
「では何故、彼は息子さんのボディガードなんか?つまり今の私の立場は、子供のボディガード以下ってことに
なります。 それは到底納得出来ませんわ」
「いつ君がボディガード以下だなんて―――」
「―――奥様がお知りになられたらどんなお気持ちかしら」
「・・・・・」
「これは正当な『交渉』ですわ、ミスター・クリフォード。あなたは彼女との関係を誰にも知られたくない。
私はキャリアをもっと良いものにしたい。彼は今や子供のボディガードに、いいえ、ただの子守に成り下がっている。
答えはひとつしかないとお思いにならない?」
「・・・・考えておこう・・・・」
「・・・それでは」

いつもと同じクールな笑みを浮かべ、がちゃり、と音を立ててヴァレリーが部屋を後にした。





幼馴染である料理人の男とはしゃぐ息子の会話に、どこか作り笑いで応じる妻。
視界に彼らが入ってはいるのだが、何も会話が聞こえてこない。
口からは楽しみにしていたはずの、彼の作る食事が機械的に入っていくのだが、何も味を感じられない。
じりじりと首を絞められていく感覚。生きた心地がしなかった。

気が付けば彼はベッドに横たわっていて、あの男の料理が口に合わないだとかあの男をやめさせろだとか、
妻が不満を申し立てている。
今すぐ逃げ出したい。彼女の元に。
何も考えず、欲望のままにただ彼女の温度を味わい、彼女の中で果てたかった。
そんなことをすれば一瞬でこの世界から抹殺されると判っているのに。
妻に言い放った言葉に己で傷付き、眠りの中に逃げ込むようにして背中を向けた。

目を覚ましてみれば、妻はすやすやと静かな寝息を立てていた。
あの頃と何一つ変わらない、穏やかで天使のような寝顔で。
この妻を傷付けている。その自覚が彼を苦しめている。
だが頭と心と体との折り合いが付かない。
せめて少しでも長くその穏やかな寝顔でいられるようにと願いを込め、彼は妻のキャサリンの金色の髪を
一房手に取り、唇を寄せた。



いつもならアパートメントの地下にあるプールでひと泳ぎし、ジムで汗を流すのが彼の毎朝の日課だったのだが、
久しぶりに外を走ってみたくなり、彼はスウェットに着替えてセントラルパークへと向った。
それで問題が解決するわけでは決してないが、少なくとも朝ヴァレリーの顔を見るまでの間くらい、
無心でいられる場所で一人になりたかった。
犬と一緒に散歩する連中や、彼と同じように朝からワークアウトに励む連中で既にそこはいっぱいだ。
パーカのフードを深く被り無心に走っていると、次第に汗が噴き出してくる。
一緒に心の闇まで噴き出していってくれる気がして、むきになって何周もしてしまったが、腕時計のアラームが
無情にもタイムアウトを知らせる。

それでもまだ家に帰りたくなかった。
普段読むことのない新聞と普段決して飲むことのないソーダ水を通りで買い、再び公園に戻ってベンチに腰掛け、
気分転換をそのまま続けた。
大体の大まかなニュースに目を通し、新聞を折り畳んだところで、紙面の端っこが目に飛び込んできた。

"すべての不幸は未来への踏み台にすぎない "

『 世界の名言 ― 今日の言葉 ― 』 ――見出しにはそう書かれてある。
今自分が全てを失い、全てを巻き込んで不幸になっても同じことが言えるだろうか。
例えば倒産。例えば離婚。例えば・・・死。自分ひとりの運命など取るに足らないものだし、
今この瞬間どうなろうと構わない。

だが彼は彼という個人であって決して個人ではない。その肩に背負ったものが大きすぎる。
彼は失うものの大きさを想像し、改めて身震いした。
やはり答えは自ずと決まっている。彼女とはきっぱり縁を切るべきだ。
彼は新聞をベンチに残し、立ち上がった。




それから数時間の後、職を失ったばかりの一人の若い女性が、絶望の淵に立ち、彼が残した新聞を
手に取ることになる。
そして彼女が彼の息子とここで出会い、やがて彼ら家族と係ることになるのだが、今の彼がそれを知ることはない。



● 用語解説ページ



Magnet 8.「 The next day -後日談 : 運命の日の翌日 - 」

 

Magnet 8. 
「 The next day 」 -後日談 : 運命の日の翌日 -  


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アッパー・ウェスト 10:20 a.m.

頭痛を押さえながら起き上がると、彼女はもうベッドから抜け出していた。
彼は熱いシャワーを浴びるために裸のままで寝室から繋がるバスルームへ行った。
酒の匂いを洗い流し、彼のために用意されたあったバスローブは使わずにバスタオルを腰に巻き、
彼女のリヴィングルームへと移動する。

そこから続くキッチンで壁の時計を見上げると、10:30を回った頃だった。
日曜日だと言うのに彼女は仕事に出てしまったのだろう。何しろ忙しい女だ。
気にも留めず、いつものように勝手に冷蔵庫を開け、ガス入りのミネラルウォーターの栓を捻り喉を鳴らす。
冷蔵庫の扉を閉めると、そこに短いメッセージがマグネットで貼り付けてあるのに気付いた。

"残念な夜だったけど、昨夜のことは忘れてあげる。それから、ご存じないみたいだから自己紹介しておくわ。
はじめまして、ショーン。My name is Inés.Not Shelly. "

彼は目が点になり、昨夜のことを思い出そうと思考を巡らせてみた。リヴィング・ルームで事に及び、
途中で寝室に移動したまでは憶えている。だがそこから目覚めるまでの記憶が一切ない。
イネスの文面から推測するに、どうやら彼女に向い『シェリー』と呼びかけてしまったらしい。
何てこった!この俺がそんな失態を犯すとは。
だが何故・・・一度会ったきりの彼女の名を・・・? もう顔もおぼろげにしか憶えていないのに。

昨夜のことに思いを巡らせるうちに、何故か中心部分に熱が集まり始めた。
おかしい。まさか昨夜、果てることが出来なかったのか?それでイネスはあんなメッセージを・・・?
実際、彼はイネスを『シェリー』と呼び、挙句、途中で力尽きて寝てしまったのだが、幸か不幸か、彼にその暗黒の
記憶はない。だがそれをイネスに確かめるまでもないだろう。彼女の嫌味が全てを物語っている。
この俺としたことが・・・最悪だ――彼は忌々しそうに舌打ちして残りのミネラルウォーターを飲み干し、
リヴィング・ルームのあちこちに散らばっている衣服を掻き集め始めた。

"Not Shelly. Sherry. " ――最後に彼はイネスのメッセージの "Shelly." の部分を線で消し、
"Sherry." と書き換えてその部屋を後にした。
彼女ならこんなブラックな悪戯も、きっと鼻で笑ってくれるだろう。



良い天気だったので、ひとつ先の地下鉄の駅まで歩こうか、いっそのことキャブを拾おうか考えながら通りを
歩いていると、ポケットの携帯電話が鳴った。姉のケイティだ。

「Hi 、Katie」
「Sean?今どこにいるの?」
「あー・・・アッパー・ウェスト」
「何だってそんなところに?今朝から何度も電話したのよ?まあいいけど、実は今あんたの家の下にいるの。
いきなりで悪いけど、アルとクリスを見ててくれないかしら」
「What!?」
「マムも今日は予定あるとかで・・・こら!通りで暴れないの! ――3時くらいまででいいの。お願い、ショーン!」
「・・・・いいけど・・・」

今日こそ家でゆっくり過ごして、明日からのメニューを決めたりコンピュータに溜まったデータの整理を進めたかったのだが、姉に怪獣(正式名称:二人の甥達)のお守りを突然押し付けられることになってしまった。
シングルマザーの姉は休みの日まで子守を雇うほどの余裕もない。
近くに住む長兄の妻、つまり義理姉であるアンバーとは折り合いも悪くて余り付き合いたがらないから
彼女にも頼めない。それで時折こうしてマンハッタンの弟の許までやって来る、というわけだ。
まあいつものことと言えばいつものことだ。
怪獣どもの相手は疲れるが、運動不足の解消には丁度良いだろう。
姉には近くのワシントン・スクエア・パークで待つように言い、結局はキャブを拾ってヴィレッジまで急ぐことになった。
それから急いでカジュアルな服に着替え、バスケットボールを手に持って、彼は姉親子の待つ公園まで向った。







アッパー・イースト 1:30 a.m.

熱い時間の後、一転して静寂が支配する寝室に静かに響く、夫の寝息。
直ぐに眠ってしまった夫とは対照的に、彼女はその夜もなかなか寝付けずにいた。
身体も心も満足したはずだったのに、何故こんなに虚しい気持ちになるのだろう。
どんよりとした重苦しい雲に覆われたような、漠然とした不安。
この先も夫はあんなふうに私を求めてくれるだろうか。彼に期待して求めすぎ、そして失望する。
またその繰り返しが待っているだけなのでは?そう鬱々とした不安ばかりが浮かんでしまう。


うんざりした彼女は静かにベッドを抜け出し、ガウンを羽織るとこっそりキッチンへと向った。
マグカップを手に取ってパントリー(食品庫)の扉を開け、左奥の棚に置いてある瓶類をがちゃがちゃと漁る。
やがて一本の瓶を選び取ると、彼女は床に座り、それをマグカップに少量注いで一気にあおった。
熱く喉を通り抜けた液体が身体中に染み渡る。
彼女は再び少量注いだそれをぐっとあおり、ふうーっとひと息吐いた。

そうして床に座り込んでぼうっとしていると、向かい側の棚と棚の隙間に何か紙切れのようなものが
落ちているのが目に留まった。
猫のように床を這ってそこまで行き、それを拾い上げてみると、それは色々な食材の名前が書かれたメモで、
数日前の夜に食べたものを直ぐに思い起こさせるものばかりだった。
つまりそれはショーンが落としていったものだ。
案外繊細な字を書くのね―― そう思うのと同時に彼のあの瞳を思い出し、彼女はそれを消し去るように
手にしていた紙切れをくしゃっと丸めて床に捨てた。

私ったら・・・クローゼットでフィルに抱かれながら一瞬彼のことを考えていた。
どうかしてる。私は何も彼に欲情したわけじゃない。
夫のことを愛しているからこそ、まるで知らない誰かに愛されているような錯覚を、ただの錯覚として
思い切り愉しむことが出来たんじゃない。

" I ――― " 

彼女が言い訳のようにそう自分に言い聞かせた時、さっきの "あの瞬間 " に夫が言いかけた言葉が唐突に蘇り、
彼女は後ろから頭を殴られたような思いで瞳を見開いた。

・・・アイ・・・リーン?

まさか! I gonna come・・・・, I wanna ・・・something・・・・そう、何かそういう言葉を言おうとしただけよ。

マグカップに手を伸ばし、震える手で琥珀色の液体をそこに注ぎ、天井を仰ぎ見るように勢いよくそれを喉に流し込む。
横で寝息を立てていた夫の背中に昨夜見つけた小さな新しい傷。
その訳を知りたいとは思わない。今更追及するつもりもない。
彼は家庭を壊すつもりはないのだし、それにまだ・・・私にあんなふうに欲情するのなら、それで構わない。
大丈夫、私は愛されている。きっと愛されている。―――彼女は再び自分にそう言い聞かせた。

けれどもう、次の瞬間にははっきりと気付いてしまっている。
そう言い聞かせることで自分を保っていただけなのだと。
それはもう彼女にとって癖のようなものでしかなかった。
傷を広げないよう、崩れ落ちないよう、真っ直ぐ歩いて行けるよう、そうやって言い聞かせることで自分を誤魔化し続けてきた。
そう認めたら何故だか解き放たれたような気分になれた。不思議だ。
百年も二百年も眠り続けてやっと目が覚めたような思いだった。


――そうやって、ぼんやりと床の一点をじっと見つめる彼女の瞳の中で揺れている、丸めて投げた紙切れ。
彼女はもう一度床を這ってその紙切れを拾い、くしゃくしゃに丸めていたそれを開き、そこに書かれた文字を
指先で追った。
ショーンはきっと、夫の背中の傷の理由を知っている。だから憐れむような眼で私を見ていた。
だからあんな眼で・・・

「・・・ふ・・・ふふ・・・」

何だか急に何もかもが馬鹿らしく思えてきて、彼女は泣きながら声を上げて笑った。
悔しい。夫が差し向けた男に同情されるなんて。全く癪に障る。
今頃になってフィリップが彼らを連れて来た訳に気付き、彼女は再び泣きながら笑った。
もう解らない。何が一体どうなってしまったのだろう?
彼女はぼんやりとした目でマグカップに酒を注いでは口に運ぶことを繰り返した。
意識が朦朧とし始め、気付けば、ママ、とっても美味しいよ、とトマトを食べるレイが目の前にいる。

そう、いい子ね、レイ・・・


そこでとうとう彼女の意識は尽きた。その後、夜中に目覚めた夫に発見されることになるのだが、今はまだ、
息子のレイと夢の世界に迷い込んでいた。







チェルシー 9:40 a.m.
 
ベティの涎や口紅で染みだらけのジバンシーのシャツを洗濯かごに放り込み、彼は熱いシャワーを浴びて
クローゼットを開けた。
何となく今日は全身黒でいきたい気分だが、モード過ぎない軽めの格好がしたい。
ボトムは腰回りのぶかっとした、ジョッパーズふうのチャコールグレーのパンツと黒いワークブーツ。
裾はブーツに入れるようにしてたわませる。
それから暫く考えて黒いギンガムチェックのコットン・シャツを選び、それに黒いニット製のタイを結んで
グレーのパーカを羽織る。
パーカのファスナーを上げてVゾーンを作り、コートは黒いウールのチェスターフィールドを羽織った。
最後に黒縁のウェリントンをかけ、クリスティーズ・ロンドンの黒いダービー・ハットを被って崩す。
これであとはステッキがあれば、現代風のカジュアルなチャーリー・チャップリンの出来上がりだ。


今日は日曜日だが彼にはその日も仕事が待ち受けていた。
ベティは毎週日曜日には休みを取っていたので(もっとも、彼女はハリーに合わせてそうしていたので、今後は日曜日にも仕事を入れることになるだろう)、彼だけがブルックリンから急いでマンハッタンに戻ってきた、というわけだ。
空腹で目が回りそうだったので、彼は遅めの朝食を買うためにチェルシー・マーケット内のエイミーズ・ブレッドへ寄ろうと、駅とは反対の方向へと歩き出した。
少し遠回りにはなるが、あそこのブリーチーズ・サンドが食べたい。

日曜日は10時開店の店だったのだが、10時を5分と過ぎていないのに、店内は既に沢山の人で賑わっていた。
目当てのサンドウィッチとコーヒーを買い、マーケットを出て通りを歩きながらサンドウィッチをぱくついていると、近くの建物から寄り添うようにして男がふたり出てくるところに遭遇した。

――キース!?

ふたりの男はミシェルに気付かずに笑いながら先を歩いて行く。
彼は眉根を歪めてその後姿をただ見送った。彼らが出てきた建物を見上げる。
ここが新しい恋人・ザックの住むところなのだろうか。

酷いよ、キース。そのマフラーは僕が君にプレゼントしたものなのに。
それなのに彼と一緒の時にそれを身に着けて、それを僕に見せ付けるだなんて。
後ろからキースの肩を叩き、そのマフラーを取り上げてしまいたい心境に駆られ、彼は溜め息を吐いて項垂れた。
本当はそんなことなんて出来やしない。 I missed you 、Keith.そう言ってしまうに決まってる。

まだこんなに彼を愛していたなんて、と実感するのが辛い。
わざわざエイミーズになんか行かずに近所のル・ガマンに食べに行けば良かった。
マンハッタンは狭い。今後も色んな場所でこうやって彼らに遭遇し、その度にこんな惨めな思いを味わうのだろうか。

一日も早く彼を忘れて新しい恋をすればいいのだ、そう頭では解っているけれど、なかなかそうもいかない。
ああ、キース、こんなふうに無意識に僕を最後の最後まで傷付けてしまえるだなんて、君は本当に、何て残酷な
男なんだろう。
悔しいけれど、そうされることすらも、彼との繋がりが残されているみたいで何となくホッとする自分もいる。
やっぱり彼を忘れられない。彼のような恋人にはきっともう出会えない。
そう諦めに似た気持ちが邪魔をして、新しい出会いに期待なんか持てそうもなかった。

昨日という日は、ベティとラムカ、ふたりを慰めることに尽力した一日だったが、彼自身の苦しみや痛みは
誰が癒してくれるのだろう。
もちろん彼女達も彼をケアすることに心を砕いてくれはするけれど、彼自身はどちらかと言うと、余りこういうことで
他人に頼る人間ではなかった。
子供の頃から独りで決断し、解決してきたから。そして孤独には慣れている。

ただ、今は温もりが欲しかった。傷を舐め、肌を温めてくれる誰かが今の彼には必要なのだ。
・・・久しぶりに「彼」に電話をしてみようかな。
ふとそう思い立ち、そうすることの罪悪感に、いや駄目だ、と首を振る。
けれど今の彼を温かく包んでくれるのは、きっと「彼」しかいない。
いつの間にかキースとザックの姿は消え失せていた。
彼は短く息を吐くと、気を取り直したように、辿り着いた地下鉄の駅の階段を下り始めた。








ミッドタウン・ノース 1:45 p.m.

彼女がそこに居ないと解っていながらついつい向かいの窓に目を向けてしまうから、彼はいつも日曜日にはなるだけ休むようにしている。
でも毎回そういうわけにもいかないのでこうして日曜に仕事をしているわけだが、案の定、彼女は今日は休みなんだ、仕事に集中しろ、と何度も言い聞かせなくてはならない。癖というものは恐ろしいものだ。
それを何度か繰り返した頃、またうっかり通りの向こうへ目をやってしまったが、そこに見えるのはこちらへ歩いてくる
ミシェルの姿だった。

「Hi 、ポール」
「Hi、ミシェル。 今からランチかい?」
「うん、やっと手が空いたからね」

うーん何にしよう、朝食もサンドウィッチだったんだけど・・・と悩んでいる彼を観察するように見つめる。
彼は本当にお洒落だなあ、と会うたびに毎回そう思う。
黒いギンガムチェックのシャツなら僕も持っているけど、こんなありふれたカジュアル・アイテムを彼みたいに着こなすなんて考えもつかない。
仕事柄、流行には常に敏感なんだろうけど、最新の流行を追っているふうでもないのに、とにかくさりげなくてユニークで格好良いと思う。ベティはきっと、彼みたいなお洒落な男がタイプなのに違いない。
彼がストレートじゃなくて良かった。そう言ったら失礼かな・・・

「・・・・を頼むよ」
「・・・・」
「? ポール?」
「あ?」
「しっかりしてよ。大丈夫?」
「あー・・・ごめんよ、ミシェル。悪いけど、もう一度いい?」

ま、日曜だし、解らなくもないけどね――最後にぼそっと呟いてミシェルが眉をくい、と上げたが、
ポールはそれに気付かなかった。コーヒーを淹れる時の彼はまるで別人のようだ。とても良い顔をしてる。

「Thanks、Paul 」

ベーグルサンドとコーヒーを買ってサロンに戻って行く彼の後姿をまじまじと見送っていると、くすくすっと
笑い声がしたのでその声に振り返った。同僚のジェシカとフレディだ。
彼が振り返ると同時に何事もなかったかのような顔して離れたが、彼を馬鹿にして笑っていたのは明らかだった。
またか、と思ったが、それには慣れていたので、ポールはいっぱいになったゴミ袋を取り替えたり、紙ナプキンや
砂糖の補充をしたり、黙々と仕事を続けることで気を紛らわせた。

その仕事の延長で奥の事務所の横にある倉庫に紙カップや蓋やなんかの補充分を取りに行き、倉庫から出てきた
ところで同僚のジェニーと鉢合わせた。

「Hi 」
「あ、今それを取りに行こうとしたところだったの」
「本当?」
「・・・ねえ、ポール」
「うん?」
「気にしちゃ駄目よ、あんな連中なんか」
「? ・・・う、うん、ありがとう」
「仕事もろくにしないでお喋りばっかりしてるんだから・・・あ、これじゃ私も人のこと言えないわね」

軽く笑いながら店内に戻ると、ほんの2、3分の間に混雑し始めていた。
ジェシカとフレディがバタバタと客の対応をしている。
ポールも急いでコーヒーを淹れる仕事に戻った。多少の間断はあったものの、結果、午前中とは比べ物に
ならないくらいに忙しい一日となった。


7:40 p.m.

閉店作業を終え、着替えを済ませて事務所を出ると、ジェニーが店の方からこちらに向ってくるのに遭遇した。

「Bye、ジェニー。また明日」
「あ!待って、ポール」
「うん?」
「あの・・・お願いがあるんだけど・・・」
「? なんだい?」
「実は最近コンピュータを買ったんだけど、その・・・まだ余りよく解ってないのに、何か設定を弄っちゃったみたいで色々うまくいかないの。助けてくれない?」
「どんな症状になるの?」

用語もよく解っていないジェニーの説明は要領を得ていなくて、実物を見なくては何とも判断がつかない感じだったので、イーストヴィレッジの彼女の家に行って診断することになった。
結局、セキュリティの問題でインターネットに支障が出ているだけだと解り、設定を変え、彼女に解りやすく説明をして作業を終えた。気付けば9時を回っている。
二人とも空腹だったので、近くのダイナーで一緒に遅めの夕食をとろう、ということになった。


ジェニーのくるくるとよく動く大きな瞳を見ていると、何だかベティがそこに居るみたいで少しだけ居た堪れない気持ちになる。
彼女はとても気の付く女の子だ。誰かが助けを必要としている時に、何も言わなくてもすっと現れて手助けをしてくれるような、そんな子だった。 だから今日の昼間みたいに、誰かがくすくすと彼を笑うような瑣末な出来事にも気付いて、彼にああいう言葉をかけてくれる。
彼女が相手だとベティの時と違い、少しも緊張することなく自然に会話が出来るのに。
彼は普段ならやり過ごしてしまうことを、何となく彼女に訊いてみたくなった。

「ねえジェニー、昼間のことなんだけど・・・」
「Yeah?」
「僕はその・・・彼らに笑われるのは別に構わないんだ。子供の頃からそういうのには慣れてるし、
笑いたいやつには笑わせておけばいいって思ってるから。
ただ・・・・何であの時笑われたのか、その理由が解らなくて・・・」
「・・・あー・・・・・」

ジェニーが口ごもったので、大丈夫、何を言われても傷付かないから、と笑いかけると、ジェニーが小さく息を吐いて
彼を見た。

「本当に大丈夫?」
「うん」
「・・・じゃあ言うね。
実は・・・あなたが向かいのサロンのミシェルのことを好きだ、って噂が立ってて・・・」

ぶはっ!ポールは思わずコーヒーを噴き出しそうになった。

「ぼっ、僕が彼を!?何で!?」
「彼が来るとあなたがいつも彼に見とれてて、何だか様子がおかしい、ってジェシカが言い出して・・・それで・・・」
「み・・・見とれるって・・・」

・・・ああ、彼の格好に毎回感嘆しながら見とれているのは確かかもしれないけど・・・そんな意味じゃないのに!
だって僕が好きなのは・・・

「私は信じてないわよ。そもそも、もし仮にそれが本当だとして、どうして笑ったりするのか全く理解出来ないわ」
「あー・・・サンクス、ジェニー。 ・・・ああ・・・何だか頭痛がしてきたよ・・・」

変な汗まで出てきて寒気がする。そう言えば今日ジェームズは休みだったけど、彼もそう噂してる人間の一人なんだろうか。ベティの耳に入らなきゃいいけど。
言いたいやつには言わせておけば良い、と常々思っているポールだったが、流石にこの件に関してだけは
身の潔白を証明しなくては、と頭を掻き毟った。

その後ジェニーに別れを告げ、モーニングサイド・ハイツまでヴェスパを走らせている間中、くしゃみが止まらなかった。どうやら寒気がしたのは迷惑な噂話のせいばかりじゃなさそうだ。

結局その日のうちに高熱が出て、翌日仕事を休む羽目になってしまった。
運悪くミシェルも休みだったので、またジェシカが勝手に妙な妄想をして、それを面白おかしく吹聴した。
それを耳にしたジェニーがジェシカを非難し、スタッフの間でちょっとした騒ぎとなってしまったのだが、
彼がそれを知るのは一週間後のことだった。







クィーンズ  2:20 p.m.

廊下の隅でパーカのフードを深く被り、こちらの様子を窺うように隠れているベティを見やり、
はあ、と溜め息を吐いたラムカがその部屋のブザーを鳴らす。何度鳴らしても反応がない。
良かった、どうやらハリーは居ないみたい。Come on!そう手で合図してベティを呼び寄せる。
恐る恐る中に入ると、昨日ベティがバットを振り回して暴れた、そのままの状態にされていた。
うわ、随分派手にやっちゃったみたいだね。
他人事みたいに言うベティに呆れ、割れた鏡やガラスの破片をスニーカーで蹴散らしながら、
ラムカもきょろきょろと惨状を目の当たりにして目を丸くしていた。
殺人事件現場ってこんな感じかも?

「彼、本当は今頃モルグ(遺体安置所)じゃないの?」
「I really hope so.(まじそう願うよ)」

鼻にしわを寄せて憎々しげにそう言いながらも、ベティは寝室のドアを開けるのを躊躇い、
お願い、開けて、と瞳でラムカに懇願した。仕方ない。そう息を吐いてラムカがドアノブに手をかける。
「F.B.I.!(連邦捜査局だ!)」――そう叫んでラムカがドアを蹴破った(いや、実際には恐る恐る足で軽くドアを
蹴っただけだったが)。
指でピストルを作ったベティがベッドに向けて「Bang!」と撃つ真似をしながら寝室に踏み込む。

「・・・Too much」

やり過ぎだよ、と呆れつつ、よし、やるか!と声を上げ、彼女達は作業に取り掛かった。
クローゼットから大きなボストンバッグやスーツケースを取り出し、あれやこれやと荷物を詰める。
一度にたくさん運び出せるように、とラムカのものまで持参するという周到さだ。

「Take?」
「No」
「Take?」
「Yes」
「あれ?こんな服持ってたっけ?」

Oh、it's so cute!――鏡の前で服を当ててはしゃぐラムカからそれを取り上げ、ボストンバッグに放り入れる。

「早く!あいつが帰って来たらどうすんのよ!」
「ゾンビになって?」

全くもう・・・滅多にない経験に浮かれているのか、嬉々とした様子のラムカに呆れつつ、ゾンビになったハリーの
間抜けな姿を想像して彼女は噴き出した。
ちょっと!それかなり笑える!
二人してゲラゲラ笑いながら作業を続け、服や靴以外にも、シャンプーや化粧品などの日用品から愛用のマグカップ、ネイルグッズ、大事な本や小さなランプシェード(それはお気に入りだったので壊さずにおいた)、ありとあらゆるものを詰め込めるだけ詰め込んだ。


"彼女と片付け頑張って。せいぜい手を怪我しないように気をつけるのね "
最後にハリーへの手紙を書いてテーブルの上に置いた。
仕上げに彼と二人でマイアミに旅行した時の写真を真っ二つに破り、手紙の上に彼の写真だけを乗せ、
ぺティナイフをそこに突き立て(ベティはついでに中指も立てたが)、彼女達はその忌々しい部屋を後にした。





チェルシー 4:15 p.m.

キャブがチェルシーに到着した。歴史保存区にあるミシェルの家の前だ。
スーツケース2つに大きなボストンバッグ3つを抱え、ブザーを鳴らして管理人を呼び出す。
フレンチ訛りでミシェルの従妹だと名乗ると、管理人らしいロシア人の婆さんは、ミシェルと一緒に写った写真を
数枚見せただけで彼女を信用して彼の部屋の鍵を開けてくれた。
こんな管理人で大丈夫なの?そんな顔でラムカがベティに目配せしている。

久々に訪れたミシェルの部屋は相変わらずきちんと片付いていた。
ちゃんと花を絶やさず、良い匂いが部屋中に漂っている。
最後に部屋に花を飾ったのっていつだった?さあ、半世紀前?
そんな会話をしながらどっこいしょ、とラウンジチェアにそれぞれ腰を下ろして一息吐いた。
元々この部屋は彼の母親がモデル時代に稼いだ財産をはたいて購入したもので、彼は子供の頃からずっと
ここに住んでいた。今は独りで暮らしているから部屋が空いている筈なのだ。
NYで気に入った部屋に出会えるのは、宝くじに当選するのに等しいくらい難しい。
ラムカが、とりあえず部屋が見つかるまで家に住めば?と言ってくれたのだけど、彼女の家は狭いし、
ソファーで寝るしかない。
折角使ってない部屋があるんなら、やっぱミシェルのとこでしょう!とラムカの反対を押し切って勝手にこうして
押し掛けてきたのだった。
じゃあ夕食の準備をして彼を迎えようよ――ラムカがそう提案した。勝手なことをした、せめてもの償いとして。



「何にしようか・・・」
「あんたのカレーが食べたい」
「・・・それって私に作れってことだよね」
「もちろん手伝うよ」
「でもスパイスだったらうちの近くのサハディーズなんだけどなあ・・・
焼き立てのナンもここらじゃ手に入らないだろうし・・・イーストヴィレッジまで行く?」
「Umm・・・Nah」

彼女達は夕食の材料を求めて近くのホール・フーズ・マーケットをぶらついていた。
日曜日ということもあってか結構な人出だ。

「走っちゃ駄目よ、ショーン」
――店内を走り回る子供を叱る母親の声が彼女達の直ぐ傍の通路から聞こえる。
ショーン?――昨日の彼の顔を思い出し、ラムカは思わず視線を泳がせた。彼がここにいる筈もないのに。
そうだった、昨日あのカフェで帰り際に彼の名前を尋ねたら「ショーン」だと教えてくれたんだっけ。

「お嬢さん、悪いこたあ言わねえ。あんな女たらし、やめときな。それより俺にしときなよ」

――ついでにどうでもいいことまで教えてくれたけど。


「・・・? 何怒ってんの?」
「え?」
「ショーンって名前、禁句だったとか?・・・って言うか、そもそもショーンって誰よ?」
「What!?」
「昨日、そう叫んでた」
「・・・そうだっけ」

彼のことを思い出した時にベティにその名前を出されたので、彼女はベティに心を読まれたのかと一瞬焦った。
何しろ昨日は不思議なことが立て続けに起こったのだ、そう思うのも無理はない。
Come on!そう言ってベティが答えを待ち構えている。どうしても聞き出したいらしい。
ラムカは抵抗を諦めて、昨日ベティのサロンからの帰り道に起こった出来事を説明してみせた。

「Oh my gosh!何で黙ってたのよ?」
「・・・あのね、あんな状態のあんたに何言える?」
「ね、いい男だった?」
「・・・憶えてない・・・」
「What!?」
「そんなことより、どうして彼が私の名前を知ってたか、ってことよ!まさか知らないところで私の個人情報が
漏れてるのかな」
「げ、まじ?」
「誰かが勝手にFacebookやMy Spaceに私の顔写真を使ってるとか。じゃなきゃどうしてあの子やあの彼が
私の名前を知ってたの?」
「ちょっと待って!じゃあ・・・あたしもってこと?」

お喋りばかりに夢中になってちっとも買い物かごに食材が入っていかない。
結局1時間近くもかかってようやく買い物が終わり、ミシェルの家でのカレー作りが始まった。
彼が戻って来たのはそれから更に1時間半後。
そして彼は思いも寄らない展開に混乱しながら、またも不本意な出来事続きだった一日を終えたのだった。



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